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「おい! 起きろ!! 大丈夫か!?」
誰かに揺さぶられている。手が大きいのだろうか、揺さぶられているというのに妙な安心感があった。
「おい! ……こりゃあ街まで運んでいくしかねぇな」
その男――名を鯛道。スキンヘッドが眩しい彼はスラム街を取り仕切り、不遇な幼子を集めてはまともな生活をさせている元犯罪者だ。犯罪から完全に手を洗ったというわけでもなく、子供たちを養うために窃盗も時々繰り返している。
閉眼したままの少年を肩に担ぎ上げると、そのままスラム街へと足早に進む。街の巡回兵の目をかいくぐって街路の隙間へ。
「ふぅ……なんとか撒けたな。よし、もう大丈夫だぞ」
鯛道は少年の身体を石畳の上に寝かせると、そばにある階段に座り込んだ。
「さて、この子が目を覚ますのを待つとするか。何故あの場所で倒れていたのかも、聞かないといけないしな……」
目を閉じた顔はあどけなさを残しつつも、長いまつ毛と目尻の窪みが本物の猫を想起させる。
(なかなか目を覚まさないな……。心臓の鼓動は聴こえるんだが)
またしばらく待つも、一向に目を覚まさなかった。
「あー、もう仕方ねぇな」
鯛道は自分の用心で持ち歩いていた水袋を閉じた目の周りに振りかけてみる。
「っ……!? はっ、痛っ!!」
少年は反射的に目を覚ます。しかし、急に上体を起こしたものだから、鯛道の顔面に額が激突した。
「全く、命を助けてやったってのに……なにもかも分かってねぇなこいつ。まあいい、お前さん……自分の名前は言えるか?」
「な、名前……? 名前……」
首を斜めにこてんと傾けるだけで、少年は答えることができない。沈黙が流れ、やがて鯛道が口を開く。
「どうやらお前さんは、記憶を失くしてしまっているらしいな……」
鯛道はそう、悟った。
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