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みやびな猫
「名前……俺の名前は、あれ、おかしいな。思い、出せない……」
少年は不安混じりの声を零す。
不運なことに、少年は自身の名前――神であることを忘れてしまっていたのだ。褐色の瞳をぎょろりと動かして鯛道の表情と、その裏に隠れている感情を覗う。
少年から見た鯛道の表情は、優しさと後悔が半々だった。
「お前さんが名前を思い出せないのなら、なにか思い出したくない理由があったんじゃないか? ……っと、名乗るのを忘れていたな。俺は鯛道ってもんだ。もし良ければだが、俺のところに来ないか?」
「…………」
少年はしばらく沈黙したあと、口を開けて言葉を紡ごうとする。しかし、どう答えてよいのか分からなかった。
「迷うくらいなら来い、決して満腹になれるわけでもねぇが、お前さんの心は晴れるはずだ」
「わかった。ついていくことにする」
「よし、決まりだな。それじゃあ……名前がないのは何かと面倒だな。うぅむ、そうだな……」
名前で迷ったその時、日差しが建物の隙間から差し込んで、少年の猫のような瞳と頬にある紋様を照らす。
「お前さんの名前は猫雅だ!」
鯛道は人差し指の先を少年――猫雅へと向けて言い放った。
「びょう、が……?」
「そうだ。今日からお前さんの名前は猫雅だ」
鯛道がもう一度名前を呼ぶと、猫雅の目の色が琥珀色に光る。頬がやや上へ持ち上がり、そして――
「猫雅……ああ、俺の名前は猫雅だ!」
猫雅が笑みを浮かべたのは、これが初めてのことだった。
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