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そして連れて来られたのは、スラムの奥の廃れた納屋。軋んだ音をたてる戸を押すと、中には数人の元浮浪児の姿があった。みずほらしい服装で、決して裕福ではなさそうだ。それでも、笑顔に溢れている。
「あ、おやっさん! おかえりなさい!」
「ああ、お前たちも利口にしてたか?」
「うん!」
「それと……今日から一緒に暮らすことになった、猫雅だ。皆も仲良くしてやってくれ」
「……猫雅だ。よろしく」
そして子供たちは、猫雅のことを目に止めた。純粋な好奇心で猫雅のもとへ群がっていく。
「ねぇねぇ、好きな食べ物はー?」
「……なんだか悲しそうだけど、大丈夫?」
「この頬にある模様はなに……?」
子供たちによる質問責め。猫雅は困惑するどころか、無反応となっていた。
「おいおい、そんないっぺんに質問されても困ってしまうだろう。一旦落ち着けよ?」
『はーい』
子供たちは、手を挙げて快活に笑う。それに対して鯛道は頷き返すと、視線を猫雅へと向けた。
「ほらよ、今日の飯だ。皆、席に座れよー! 猫雅も空いてるところに座っていいからな」
「……ああ」
記憶を失ったことが余程ショックだったのか、猫雅の口調は寡黙なものとなってしまっている。そんな猫雅の心の内を察して鯛道はぽつりと言葉を零した。
「猫雅、記憶を失ったことは悲しいことなのかもしれない。でも、絶望に慣れることだけはするなよ……」
「絶望に、慣れる……?」
鯛道の言葉は後悔が詰まっているように、ずっしりと重い。絶望に慣れるとはどういうことなのか、鯛道はよく知っていた。
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