ユートピア

3/5
前へ
/17ページ
次へ
 ♢ 「だからあれほど、生物兵器には気をつけろと言ったのに」  ガスマスクの下で、澄んだ青色の瞳が冷ややかに光った。  同じくマスクを着けたアンナがどこからともなく現れて、メインホールを埋め尽くす死体の山を満足そうに見渡した。 「2000人の掃除完了ね」  早口でそう呟くと、ピエールも小さく頷いた。 「血塗られたフランスの歴史は、そのまんまフランス人の歴史だ。この国は野蛮過ぎる。だから私は祖国を愛せない。優良民族のアーリア人だけで国家を築こうとしたナチズムこそ正義だ」 「ホロコーストじゃあるまいし、さすがにもうユダヤ人を迫害したりはしないけどね」  アンナがそう言って口を挟んだ。 「そうだ。ユダヤ人には優秀な人物がたくさんいるからね。私は今さら過去をなぞらえたりはしない。支配するのは我々アーリア人のゲルマン民族だが、排除すべきは特定の人種ではない」 「案外あっさりと成功するものね」  アンナは涼しい顔で辺りを見回しながら、フランス警察のデータベースに不正アクセスし、過去の犯罪者リストをハッキングしたことについての感想を述べた。  約3ヶ月前、二人はその中から特に劣悪な人間をピックアップし、リストを作成したのだ。殺人、詐欺、婦女暴行など救いようのない者を主に選び出した。その数約2000人。  更に別ルートから、追加で1000人をAIに検出させた。  一般人の携帯電話の使用履歴から、社会不適合者や職業的ネット民など、(彼らの基準では実生活で何の役にも立たないとみなしている)社会的ゴミを割り出し、同様にリスト化した。
/17ページ

最初のコメントを投稿しよう!

9人が本棚に入れています
本棚に追加