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ーー なぜだ?
ピエールは雪まじりの雨の中、花の都はパリ・コンコルド広場を大股で横切りながら、頭の中でひとりごちた。
三月とは言え、フランスはまだまだ冬の様相である。寸分の狂いなく敷き詰められた白い石畳の上を歩くと、磨き上げられた革靴の底がコツコツとリズミカルに小気味の良い音を立てた。
ピエールはいささか痩せ過ぎの長身を、一部の隙もない紳士的な服装で整えている。プラチナブロンドの長い前髪は丁寧に後方へ撫で付けられていて、その生真面目な性格をよく表している。
寒さのせいか、月光を浴びたような白い肌が不健康そうに青ざめて見える。高い鼻療の上から見下ろす二つの瞳は、冷たい湖底のように澄んだ青色だ。
ーー 誰が今さら……
傘をささないこのフランス人学者は、正面から吹きつける雪まじりの風に露骨に顔をしかめ、革手袋をはめた両手でコートの前をきつく重ね合わせた。
ジュ・ド・ポーム国立美術館の前を通り過ぎ、コンコルド広場を早足で抜ける。そして今度はオランジュリー美術館を左側にやり過ごした。
この悪天のせいか、辺りには鳩一匹見当たらない。吹きつける雨とも雪ともとれぬ天候の中を、ピエールは颯爽と歩いてゆく。突き当たりはセーヌ川だ。そこを右手に折れて、またしばらく歩く。
アレクサンドル3世橋の真下に、一隻の小舟がぽつりと浮かんでいた。
ピエールは寒々しい様子で横付けされた小舟をちらりと横目で見やると、すぐ隣にある立派な建物へと入って行った。
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