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不快なほどに強く暖房の効いた建物のロビーで、コートについた雪をはらっていると、奥からバスタオルを抱えた若い女が顔色を変えて飛び出して来た。
「まあ先生! ご連絡くだされば、車でお迎えに上がりましたのに……」
パンツスーツに身を包み、ピエールと同じようにプラチナブロンドの髪色をした女性は困り顔でそう言って、大急ぎでピエールの肩やら背中やらについた雪をはらおうとする。
ピエールはそれをやんわりと制して、革手袋ごしにバスタオルを受け取った。
「いいんだアンナ、歩きながら少し考えるべき案件があったからね」
バスタオルで顔を拭きながらピエールが愛想無くそう答えると、アンナと呼ばれた女は、途端に表情を曇らせた。
「何か問題でもございまして?」
アンナは、頭の後ろで一つにひっつめた髪の一筋たりともかかっていない剥き出しの顔を素早く上げて、すっと背筋を伸ばした。
弓を引いたような半月形の眉をひそめ、そっと顔を寄せてくる。その美しくも険しい表情は冷ややかで、まるで氷の女王を彷彿させる。
「お客様はすでに講堂におそろいです。本日の先生の講演を、今か今かと待ち侘びておいでです」
「分かってる、分かってるよアンナ。まさかこの私が仕事を放棄するはずなんてないだろう? 何のために私が今日まで頑張ってきたと思ってるんだ」
女王に耳元で囁かれたピエールは、うんざりとした口調でそう告げると、ロビー全体をぐるりと見渡した。
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