雪を踏む

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「北海道の…どこかです」 ざっくりとした答えをくれる。しかし彼の様子に佐江波は気づく。 「もしかして、俺毎朝これ訊いてます?」 詳細な説明を省きたくなるくらい訊かれているのではないか。そんな気配がした。正解だったのか安中は何も言わずににこにことしている。 「毎日同じこと訊かれるの嫌ですよね。でも、ごめんなさい。安中さんに訊くしかないので教えてください」 「いいですよ。それが俺の仕事なので」 「いま西暦何年の何月何日ですか」 「いまは西暦2021年の1月7日です」 「ということは俺何歳?」 「今年で三十ですね」 淀みなく答える安中は予め回答を用意しているようだった。三十歳。なかなか重い響きだった。 「なんか俺、急におじさんだね」 「おじさんではないです。まだまだ大丈夫ですよ」 「慰めてくれるんだ。安中さん優しいね」 「いえ。実は俺、佐江波さんの一つ下なんです。だから佐江波さんがおじさんだったら俺もおじさんになっちゃう。そういうことです」 やかんで沸かした湯をコップに注ぎながら安中が戯けるように言う。仕事と言いながら、佐江波とのやり取りはとても気安い。一体どういう関係だろうかと気になったけれど湯気を立てる飲み物が手元に来たので置いておく。 インスタントのコーヒーだったけれど程よい甘味が美味しい。砂糖をふた匙、ミルクはなしが佐江波のお気に入りだ。安中のくれたコーヒーはこれを完璧に再現していた。 佐江波の隣に立った安中を見上げる。佐江波を見下ろしてにこにこと微笑んでいる。楽しいのだろうか。それともデフォルトが笑顔なのだろうか。男らしい端正な顔立ちに優しい表情のよく似合う中々な男前だ。身長も高いけれど肩幅も広い。学生時代はスポーツをしていたのかもしれない。嫌味になりすぎない筋肉質な感じがセクシーだと思う。 「そう言えば安中さん、あの足跡どういうことですか」 長靴の足跡は小屋に向かっている一筋だけで帰りの物はなかった。なのに安中は佐江波の背後から話しかけて来た。 「あれはちょっとした悪戯です」 「悪戯?」 「そう。簡単なことで、小屋から勝手口まで後ろ向きに帰ってきたんです。行きしの足跡は雪が積もって消えてましたから。すると足跡は勝手口から小屋に向かって行くだけになるでしょう」 「えー、そんな子どもみたいなことしてたんだ。じゃあ家中探してもいなかったのは?」 「屋根裏部屋の窓から佐江波さんが探しに行くの見てました。騙されましたね」
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