雪を踏む

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『これから読むことを落ち着いて理解してほしい。決して冗談ではないから。あなたは記憶がなくなっています。2015年11月23日に列車事故に巻き込まれました。そのせいで、それ以降のことを記憶できなくなりました。覚えていられるのはその日一日の事だけです。眠って目覚めると前の日のことは忘れてしまいます。でも怖くはないので安心してください。ただ忘れると困ることがいっぱいあるので、そう言うことはこのノートに記録してください。記憶出来ないのなら記録するしかありません。大丈夫です。一番最後のページを開いて今日しなければいけないことを確認してください。ただその前に安中さんに必ず挨拶をしてください』 改まって語りかけるような文章を人ごとのように読んだ。なんだかドラマで見た設定みたいだなと思った。でも何故かすんなりと納得出来た。確かに昨日の記憶がない。知らない場所で目覚め、知らない家に居る。つまりはそういう事なのだろう。ふうんと呟いてノートを閉じるとパジャマのポケットに入れた。それから顔を洗って寝癖を直した。 顔に似合わず佐江波はぐずぐず悩まない質なのだ。そうなってしまったものは仕方がない。取り敢えず『安中さん』を探そうと洗面所を出る。『安中』は「あんなか」なのだろうか。それとも「やすなか」なのだろうか。わからなかったので「あんなかさん」と呼びながら家の中を探した。 思った通り広い家だった。何人で住んでいるのかわからないけれど部屋が五つにトイレが一階と二階に一つずつ、そして百七十五センチの佐江波が立ってもまだ余裕のある高さのウォークインクローゼット。まさか『安中さん』と二人で住んでいるのなら空間が勿体無いほどの家だった。 探検を堪能し終えても安中は見つからなかった。まだ朝の早い時間だけれど外にいるのだろうか。台所の端に勝手口を見つける。鍵がかかっていなかったのでここから出たのかなと押して外に出る。 凍えるように寒かった。雪は止んでいたけれど積もった白は溶けていない。そんな中をパジャマだけで彷徨くのは躊躇われた。しかし佐江波は着替えの有無やコートの居場所を知らない。恐らく安中に合わなければわからない。 どうしようかなと肩を摩っていると勝手口から伸びる足跡を見つけた。大きな長靴の跡が真っ直ぐに建物の左手へと向かって伸び、角で曲がっている。これを辿れば安中に辿り着くだろう。
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