母親

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 向かったのは勤め先ではなく、隣町の市民公園だった。  朝の九時というまだ早いこの時間、利用者は散歩をする高齢者ぐらいでだだっ広い駐車場は閑散としている。  隅の方にポツンと停まるシルバーのセダンを見つけて、隣に車をつけた。私に気づいた彼が、車の中から小さく手を振るのがわかる。 「遅かったね」 「待った?」 「いや、それほどでもないけど。何かあった?」 「お宅の奥さんが怒鳴り込んできたの」  助手席に身体を滑り込ませながら言うと、彼の頬が引き攣るのがわかった。 「ゴミ出しの仕方がなってないって。いつもの文句よ」 「なんだ。しょうがないなぁ」  安堵を見せる彼に、胸がチクリと痛む。 「バレたと思って、焦った?」 「そりゃあ、多少は。芳美ちゃんも悪趣味だな。最初からそう言ってくれればいいのに」 「私だってドキドキしたのよ。だから、あなたも焦らせてあげようと思って」 「困った人だ」  彼ははにかみ、ギアをドライブに入れた。ハイブリッド車特有のキィーンという電子音とともに、ゆるゆると車が動き出す。 「今日はどこへ行くつもり?」 「特に何も。せっかくだから海の方にでも行ってみようか。芳美ちゃん、昔から海見に行くの好きだったでしょ」 「賛成」  彼がもう二十年近く前の事を覚えていてくれるのが嬉しかった。  どうしても話したい事がある、と私を呼び出したのは山口さんの奥さんの夫――つまり山口さん本人であり、彼は私の大学時代の同級生なのである。
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