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山口さんの奥さんは地元で有名な中規模ゼネコンの娘さんらしい。別に兄弟がいるから後継ぎではないのだけど、お父さんとしては娘にも何不自由ない生活をさせてやりたい。別に会社を作るから、娘の夫となる人間は社長として迎えようと考えた。
そこで白羽の矢が立ったのが、当時そのゼネコンで働いていた山口さんだった。社内行事でたまたま目にした山口さんに娘さんは一目ぼれ。社長直々に縁談を持ち掛けられ、山口さんはめでたく逆玉の輿を手にしたのだ。
現在山口さんの会社は不動産業を軸に、保険や人材派遣などの事業も手掛ける複合サービス業として順風満帆な経営を続けている。
「とは言っても、実際に会社を回しているのは下で働いてくれている社員の人たちだし、僕はただの名ばかり社長だからね。売上の大半は親会社のおこぼれみたいなもんだし」
彼の仕事といえば書類への判子捺しと、地元の政財界人とのお付き合い。だから時間はいくらでも自由になる。時々ふらりと一人で出かけて、ドライブを楽しんだりするのだという。そうしたところで気づかれるどころか、誰も気にする様子すら見えない。
いつしか彼は、そこに私を誘うようになった。
私を助手席に乗せて車を走らせつつ、会社内にも、家庭内にも吐き出す事のできない不満や悩みを、かつて同級生であった私にだけ打ち明けるようになったのだ。
「芳美ちゃんに会ってると、昔に戻ったような気分になれるんだよね。あの頃って楽しかったなぁ。お金も何にもなかったけど、毎日が楽しくて仕方がなかった。あの頃に戻りたいよ」
彼は何度も何度も、私に向かってそう繰り返した。
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