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凪子の物語①
永遠のパスポート。人の道は死後も続くと教わった。個々の生涯は寿命で完結する物語であり、果てしない伏線なのだ。責任ある歩みがまだ見ぬ世界へ繋がっている。熟慮して一歩踏み出せ、と。
彼女の先行きは空中でふっつりと途絶えていた。
痛覚をともなった冷気が、肺を秒刻みで縛り上げていく。華奢な体重で一歩踏み出す。その動作が大事業だ。前に進まなくちゃと発起し微動だにしない筋肉を
夢のようだと凪子は深く息を吸い、吐いた。
雲の果てまで続く螺旋階段、あちらこちらで白い封書を手にした人々が二の足を踏んでいた。
だが、自分の心はたゆたうことはない。完全主義者の血統が自分に冷酷非情に査定した。
彼女に組み込まれている正確無比な人事考課は自他ともに容赦ない判断を下す。
わたしは落伍者だ、と凪子は自覚した。
何も生み出さず、何もなさず、なすがままに他人の幸福を貪っている。
それでも自分は中途半端に生きている。
漕ぎ手を失った舟などという代物ですらなく、時化(しけ)の翌朝などに、港に蝟集する流木ほどにも朽ちていない、
健康な労働者でもなく、必死で生きながらえる終末患者でもない。
生き腐れだ。
背中を小突かれて、凪子は現実を取り戻した。
後ろには螺旋を昇る人々がつっかえている。
だが、誰にも責められなかった。
この期に及んで数え切れない人々が二の足を踏んでいる。
ただ一歩、一歩と死の階梯を踏む。
風に押されるまま、凪子は黙って歩を進めた。
人間は自由意志を持てない動物だ。ただ流されていくばかりで、判断したり、決断したりできない。
人の数だけ主観はあるが、自分の主観は唯一無二だ。しかし、自分には最大公約数の――換言すればベーシックな価値観しか持ち合わせていない。
第一に、生産的であれ。
第二に、勤勉であれ。
第三に、道徳的であれ。
それらもまた教育で刷り込まれたものだ。
凪子は教科書の生き方に押しつぶされ、何もかも雲の向こうへ放り投げてしまいたいと願った。
曇天が晴れた。日差しに耐え切れず、目をしばたく。
まばゆく、青い光の河は祝福してくれているのだろうか。
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