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凪子の物語②決断
陽だまりのなかで、凪子はもうすぐ決断を迫られる。
忍び歩き最後のステップをあがった。
先延ばしは許されない。冷たいコンクリートに先人たちの履物が揃えてある。
大小さまざま、色とりどりのハの字がある。
ちょうど手すりの隙間から黒髪が滑り落ちたところだ。
もう、わずかな猶予もない。
渦巻く大気は早鐘のようだ。
とめどなく空へのびる無機質な木立のはざまから、旋回する遠雷が迫ってきた。
それが堪えがたい不協和音となって、頭上を蹂躙しはじめた瞬間、
凪子は旅立つ覚悟を決めた。
紙より軽い命なら、神により近づくことができるかも知れないと。
ただの腑抜けから、魂の抜け殻になれる。
凪子は脱いだ靴を丁寧にそろえて、白い片道切符の上に置いた。
吹き上げてくる鋭い爪が喉を掻きむしる。
重い肉体を脱ぎ捨てるように柵を乗り越えた。
、
その時だった。
鈴を転がすような声が天から降ってきた。
『ねぇ、天使を信じてる?
あなたに翼が舞い降りるの。
ワン、ツー、スリーで奇跡をおこすわ!
』
亜麻色の髪の少女に抱きかかえられた。。
夢のようだと凪子は深く息を吸い、吐いた。
だって、天使にふれたのよ。
神様の使いに見初められるなんて、なんて幸先のいい黄泉路だろう。
凪子は歪んだ革命政権に勝った。
わたしは蛮族の娘じゃない。
支配する道具に成り下がった道徳や、
都合よく改鋳された倫理など甘受するものか。
解放の御旗を掲げた軍事政権に捉えられ、革命の歯車に組み込まれることもなくなった。
思えば、不幸の二文字しかない人生だった。
走馬燈を傍観していると、ときおり、とげとげしい言葉が彼女の胸をえぐる。
チンロンの娘。
海王星、崑崙青龍市。
蔑まれた街。
メタン海兵の娘。
汚れて澱んだ土星大気に降り立ち、
腐臭の海で技術遺産を漁る死出蟲
革新人民共和国大同盟の骨子たちは、恩給で食いつなぐ母娘を蔑んだ。
崑崙青龍、コンロンチンロン。
コンコン チンロン チンコンコン。
とぼけた表音が、幼い子供達の攻撃本能をくすぐった。
徹底的に異端分子を排除する、淘汰の摂理が遺伝子に刻んだ合理性。
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