友、遠方より来たる

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友、遠方より来たる

よく来てくれた。わが友よ。今夜は語ろうじゃないか。 遠い遠い銀河の彼方ではない。地球の話だ。 ただし時間軸が遠い。 遥かなる時、人間社会は神話と共存している。 生体航空戦艦(ライブシップ)が光より速く飛び 天使の翼をもつ少女達が月よりも高い空を駆け巡っている。 「銀星紀行詩のことだか。全く厄介な話だよ。呪いだ」 ガーシュインは顔をしかめる。皿を洗う手を休めあかぎれに薬を塗り込む。白魚のようだった指が赤紫色に荒れている。連弾した頃は切り取って食べてしまいたいほど欲情を掻き立てたのに。今じゃすっかり恐妻の道具だ。 「何だよ。物欲しそうにして。エフェイラはお前より俺を選んだんだ」 マコーチェイは聞く耳を持たない。ポケットから秘伝の薬草を出す。 「君は囚われる人じゃない」 「ああ、そうだった。まぁ、落ち着け」 エプロンで手を拭き戸棚からとっておきのハーブティーを取る。 「エヴァーグリーンか?貴重品だぞ」 マコーチェイが目を見張った。 「妻が戦闘純文学者でね。おかげさまで男子会を梯子するくらい自由がある 」 男は獅子柄のマグカップをテーブルに並べた。エバーグリーンの饐えた香りが高ぶる神経を撫でる。 「お…お前もか…お前も…いや…そんな」 マコーチェイが後じさる。そして震えつつドアノブを回す。 「【玄室】」 電光が迸り青白い壁が行く手を阻んだ。 「ガーシュイン、おまえ」 離さない、簡単には帰さない、という気迫がマコーチェイを縛る。 「エフェイラの許しは得てる。泊っていけばいい」 「断ったら?」 マコーチェイは次に続く台詞におののく。 「高度百キロから上は女の天下だ。わかっているだろう」 殺し文句を効かされて腰が引けた。 「わかったよ。君はどれくらい強い」 サイドベッドに自分から掛ける。 ガーシュインは襟元を緩めた。 「そうだな。昔馴染みと過ごすときゃ腰が抜けるほどせにゃならぬってな」 「崑崙青龍(こんろんちんろん)擡夫(げいふ)かよ…」 諦めとも許容ともとれる吐息。 「そうだよ。義理と人情の葛藤だ」 「お前はそうやって男を抑えつけているのか?」 マコーチェイは声を荒げた。 「抑圧しているのは俺達の方じゃないか。うるさい連中は星の外にいる」 「エバーグリーンで飼いならされやがって!」 するとガーシュインは肩をすくめた。 「そりゃ卑屈ってもんだ。地に足のついた生活を本能が欲しがる。取り戻したんだ。畑仕事に魔法が効かない」 マコーチェイは諦めた様子で食卓に戻った。「すっかり冷めちまったな」 カップを両手で支える。そして長い前髪を片手で払い、そっと口づけする。 「あああああ、マコーチェイ。そうだよ。そうだよ。それこそ君だよ」 ささくれた指がうなじを擦る。 その運び方は寄宿学校時代の練習曲そのものだ。二人でぴったり息が合うまで何度も何度も弾いた常緑針葉樹の調べ第三楽章。優しいだけじゃ奏できれない。棘は野生の要請だ。 「御婦人様のお気に入りってか」 露骨に嫉妬を交える。 「エフェイラに『そう言ってた』って伝えるよ。俺もまんざらじゃないと感じてる。こういう生活を演奏するとは思ってもみなかったがな」  エバーグリーンを飲み干すとマコーチェイは向き直った。 「お替りをくれ。君がどういう風に育てられたか聞きたい」 「だから呼んだんじゃないか。銀星紀行詩だ」 ガーシュインの手元で猫の目石が睥睨している。 「希少本じゃないか!本物か?」 マコーチェイが身を乗り出す。 「猫の目石が写本である事を拒絶する。鑑定させてやろうか」 なるほど、つややかな瞳に瑕疵はない。 「お前、わざわざ俺のためにか…」 ドヤ顔のガーシュインと宝珠を見比べて胸が熱くなる。 「お前のお陰でエフェイラと出会えた」 「おおおおおお」 言葉を失う。男の友情は計り知れないというが、いざ換算してみると桁が溢れる。 「お前の眼前に伝承が在るんだよ。たくさんの一つだ」 残闕本や異聞を含めると星の数ほど——具体的には小ガゼル雲の恒星総数871167個と同じ。 言われた途端にガツンとテンションが上がる。 「おっしゃあ! たっぷり聞かせてくれ」 売り言葉に買い言葉。ポジティブな方向にアドレナリンが燃える。 「おうよ。そう思ってな。エバーグリーンをしこたま仕入れた」 勢いよく水屋が開け放たれる。 そういうことか。 「エフェイラ…あそびおんなめ」
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