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5月21日(木) 一目惚れ
『ミアンナは、1930年にフランス・パリで誕生した高級下着メーカーです
1990年から、日本で現地法人化し展開を始め、本社を東京・汐留におきました』
アパレル業界の展示会に【勉強のために】連れてこられた匠太郎は、会場の広さと華やかさに唖然とするしかなかった
各企業のブースで、競うように趣向をこらした演出が施されている
匠が勤める外資系下着メーカー【ミアンナ】も例外ではない
『伝統と格式高いイメージを保ちつつ、常に新しい風を送り続けるミアンナの次なるステージをぜひご覧ください』
司会の声に合わせて、小さいながらも、照明がふんだんに使われたステージの上を、下着姿のモデルたちが闊歩する
一時間に一度のショーは、その都度ブースの外まで溢れんばかりの盛況ぶりだ
「ミアンナは毎年こんなに盛大なんですか?」
匠は、同行した先輩社員の三浦に耳打ちした
音響が大きくて、近づかないと聞こえないのだ
三浦は入社9年目の営業部のエースで、匠のメンターだ
「まあな。俺もあまり昔は知らないけど、デザイナーが変わってから、一気に注目高まったんだよ」
「へえ…」
「お前、知らないで仕事してたの?」
三浦があきれたように匠を見た
「面目ないっす」
ペコリと頭を下げる
「だからこういう場が必要なのかなあ」
部長の指示で匠が同行することに難色を示していた三浦も、やっと納得がいったようだ
その時、
「ねえねえ、あの人かっこくない?」
斜め後ろで、女性社員たちのささやき声がした
振り返ると、同期の石田ルミと黛ユカリがキャーキャー騒いでいる
幸いにも音響に掻き消されて、周囲には聞こえていないようだ
「お前ら、仕事に来てるんだから真面目にやれよな」
匠が注意すると、石田がちょうどよかったとばかりに、
「ねえねえ、匠、あの人知ってる?うちの社員?」
と、人混みの向こうを指差した
匠がその指先の延長に視線を向けると、人垣越しに、涼しげな顔でステージを見つめる一人の男性が立っているのが見えた
歳は30代前半、もしかしたら20代かもしれない
身長は180センチ以上はあるだろうか
人混みの中にいても、顔が判別できるくらいには、頭ひとつ飛び出ている
照明を浴びて青白く光る頬に、高い鼻梁の形のよい影が映り、切れ長の目に長いまつげが覆いかぶさっている
「すげえ美形…」
匠の口から思わず賛美の声がこぼれでた
中性的で、神秘的で
まるで、神話に出てくる女神のような…
匠は壁際で微動だにせずステージを見つめているその姿に、本当に視線を釘付けにされたかのように、目が離せなくなっていた
「三浦さんは知ってますか?」
黛が三浦の袖を引っ張った
三浦は怪訝そうな顔で、二人の指差す方向を見て
「ああ」
と答えた
石田と黛が目を輝かせて答えを待っている
匠の耳も、神経を研ぎ澄まして、三浦の次の言葉を待った
「あれが、デザイン室長の南出さん。さっき匠に話したミアンナの起爆剤になったデザイナーさんだよ」
匠の心臓が大きく揺さぶられて、鼓動が音響を掻き消した
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