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会場近くの複合ビルに入っているトンカツ屋のカウンター席に並んで座った
恋人関係になってから、並んで座ることが増えた
この親密感が、恋人っぽくていいと樹は言う
添えられた箸を手にとって「いただきます」と二人同時に食べ始めた
「すごい会社だったんだな」
「そうですか?」
「業界紙読んだけど、お前ベタ褒めされてたじゃん」
「さっきは読んでないって言ったのに」
樹が肩で数人を押してきた
「『娘につけてほしい下着』ってのがいいよな~。いままでにない視点で」
数人の言葉に樹は素直に嬉しくなった
同じ父親同士だからわかりあえることがある
結果的に企画は大当たりし、いまは5年以上ティーンの下着部門では不動の1位である
しかし、アイデアを出したときは周りや上からさんざん叩かれた
『それ誰得なの?』
『考え方が昭和』
『所詮男が女性用下着作るなんてムリ』
『男女平等社会にそぐわない』
『好きな下着くらい自分で選ばせて』
などなど
どれもこれも全うな意見だと思った
しかし、
『わかるわ~峰ちゃんのかわいらしさを引き出しつつも守ってあげたい気持ち!』
飲み屋で数人から軽く言われて肩の荷が降りた
そのシリーズが、『保守的な様でいてデザイン力に優れている』と評価を受け大ヒットし、いまは『働く女性シリーズ』や『お家でゴロゴロ』シリーズなど、樹が手掛けるデザインは多岐にわたる
一方数人は、ヒットの裏には樹がメディアに露出したことが大きいと思っていた
樹が自分の商品に誇りを持っているのを知っているから本人には言えないが、経済紙や経済番組に樹が出る度に
『めっちゃイケメン。これで40歳』
『この人の下着なら買いたい!』
『顔もよくて仕事もできるとか』
などというツイートが少数だが出回っているのを数人は知っている
「はー」
「どうしたんですか?」
「いやあ…お前の凄さを目の当たりにしてやる気なくなったというか…」
「何を言うんですか」
言葉とは裏腹に嬉しそうだ
「そうだ」
数人は今日会ったら話そうと思っていたことを思い出した
「日曜ヒマ?」
「なんでですか?」
「や、週刊誌時代の友人が脱サラして蕎麦屋始めたんだけどさ、ちょっと会いに行きたくて」
「なんだ、デートのお誘いかと思った」
「悪かったよ」
「どこですか?」
「伊豆長岡」
「温泉じゃないですか!だったら泊まりでみんなでー」
「ごめん、そうじゃなくて、英を1日だけ預かってほしいんだけど」
「は?」
樹の箸から、卵でとじたカツが落ちた
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