6月7日(日) 深夜の取引

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『大丈夫か?』 嗚咽が深呼吸に変わったタイミングで数人は声をかけた 「北野さん…」 『なんだ?』 「好きです」 『正直そこまで想われる理由が思い浮かばないんだけど…』 「18年前、うちに取材に来たのを覚えてますか?」 行ったことは覚えている だが、それはただの記者として行っただけで、なんてことはないルーティンワークのようなものだ 「俺が、窓から家の前に張り込む報道陣を見ていたら、一人の記者が、俺を隠すように窓の外に立ったんです。カメラへの写り込みを阻止したんでしょうね。人差し指を口のところに立てて、『静かにね』と言ったあと、カーテンを閉めるように言ってくれたんです。名札に、【週刊報道 北野】って書いてあって、俺は当時漢字は読めなかったけど、その文字を必死に書き写しました」 茂手木は、当時のことを淀みなく語った 彼にとって、その場面は今でも鮮明に思い出せる出来事なのかもしれない 数人は記憶の糸をたどったが、何も思い出せなかった 「それから、父に、『この人が窓の外にいたよ』とメモを見せると、父は激怒して、俺を殴りました。それがきっかけで親は離婚しました」 『それってつまり…』 「北野さんのせいじゃありません。母はずっと離婚したがっていたから。児童虐待に至ったことで、行政が入って、簡単に別れることができました。だから感謝こそすれ…」 茂手木の息が詰まった 過去を反芻することで、無意識に、過去と決着をつけようとしているのだ 話を聞くのが、自分の元記者としての役目だと思った 「それからは…どうやって大きくなったか覚えてないくらい、大変だったけど…」 途切れ途切れに話す茂手木の声が、悲しくて、切なかった 『おつかれさん』 数人にはそれくらいしか言葉が見つからなかった
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