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『大丈夫か?』
嗚咽が深呼吸に変わったタイミングで数人は声をかけた
「北野さん…」
『なんだ?』
「好きです」
『正直そこまで想われる理由が思い浮かばないんだけど…』
「18年前、うちに取材に来たのを覚えてますか?」
行ったことは覚えている
だが、それはただの記者として行っただけで、なんてことはないルーティンワークのようなものだ
「俺が、窓から家の前に張り込む報道陣を見ていたら、一人の記者が、俺を隠すように窓の外に立ったんです。カメラへの写り込みを阻止したんでしょうね。人差し指を口のところに立てて、『静かにね』と言ったあと、カーテンを閉めるように言ってくれたんです。名札に、【週刊報道 北野】って書いてあって、俺は当時漢字は読めなかったけど、その文字を必死に書き写しました」
茂手木は、当時のことを淀みなく語った
彼にとって、その場面は今でも鮮明に思い出せる出来事なのかもしれない
数人は記憶の糸をたどったが、何も思い出せなかった
「それから、父に、『この人が窓の外にいたよ』とメモを見せると、父は激怒して、俺を殴りました。それがきっかけで親は離婚しました」
『それってつまり…』
「北野さんのせいじゃありません。母はずっと離婚したがっていたから。児童虐待に至ったことで、行政が入って、簡単に別れることができました。だから感謝こそすれ…」
茂手木の息が詰まった
過去を反芻することで、無意識に、過去と決着をつけようとしているのだ
話を聞くのが、自分の元記者としての役目だと思った
「それからは…どうやって大きくなったか覚えてないくらい、大変だったけど…」
途切れ途切れに話す茂手木の声が、悲しくて、切なかった
『おつかれさん』
数人にはそれくらいしか言葉が見つからなかった
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