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5月21日(木) 迷い
会社で先輩に会うたびに乃木と接触するよう言われ、制作に関係ないはずの営業部の上司からもプレッシャーがかかるようになっていた
憂鬱な日々が続いていた折、経済部のヘルプで下着の展示会の取材に行くことになった
下着メーカーで働く恋人の樹に話すと、その展示会に彼も行くという
どこかで会えるかもしれないから、お互い空き時間ができたら連絡を取り合うことにした
仕事中の樹に会うのは初めてで、それだけのことでも鬱々とした日々に光が差したような気がした
数人にとって、いつの間にか樹の存在がそれだけ大きくなっていたということだ
なのに、しくじってしまった
※※※※※※※※※※※※
「温泉じゃないですか。だったら泊まりでみんなでー」
「ごめん、そうじゃなくて、英を1日だけ預かってほしいんだけど」
「は?」
「え?」
「…旅行の誘いじゃないんですか?」
「う、うん…」
その瞬間から、樹は明らかに機嫌が悪くなり、昼御飯を終えて店を出ると、「じゃあ、俺は仕事に戻るので」と言って、一人でさっさと戻っていった
※※※※※※※※※※
「父さんは男心がわかりません」
夜、夕飯を食べながら息子の英に相談したところ、「それは父さんが悪いよ」と言われた
「なんで」
「用件を先に言わなきゃ」
「後から冷静に考えれぱそうなんだけど…」
「父さんは思ったことがそのまま口に出ちゃうタイプだからね」
「英は…違うか」
英は、小さい頃からおとなしく、思慮深い子供であったが、剣道を始めてからより慎重になり、物事に動じなくなった
内面は外見に現れるもので、その凛としたたたずまいが、他校の女子にも人気と峰希から聞いたことがある
「気を付けなよ。あんまり心ないことばかりやってると、樹さんに嫌われるよ。あんなすごい人、父さんにはもったいないんだから」
反論できないのが悔しい
わかってはいるが、のっぴきならない事情がある
「大切な人を巻き込みたくない問題に直面して、でもそれが理由で嫌われそうになったらお前ならどうする?」
英は目を見開いて数人を見た
「中2の息子にするような相談じゃないと思うけど…他に相談する友達とか、仕事のひととかいないの?」
答えに詰まった
理科子が死んでから、そういう付き合いは長らくおろそかにしていた
やっと少しくらい遅く帰ってもよくなって、久しぶりに参加できると思って行った飲み会が仕組まれたもので、心底自分の人徳のなさに呆れる
相談ができそうな友人の顔を思い出しては消し、思い出しては消してしていると英が
「俺なら、正直に言うかな」
と言った
「内緒にしていて不安にさせて嫌われるなら、正直に話して嫌われても同じじゃん。正直に話した方が許してもらえるかもしれないし…」
子供らしいまっすぐな意見だった
「参考にさせてもらうな」
照れ臭そうに、一生懸命答えてくれた英を数人は頼もしく感じた
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