5月21日(木) 迷い

1/1
前へ
/56ページ
次へ

5月21日(木) 迷い

会社で先輩に会うたびに乃木と接触するよう言われ、制作に関係ないはずの営業部の上司からもプレッシャーがかかるようになっていた 憂鬱な日々が続いていた折、経済部のヘルプで下着の展示会の取材に行くことになった 下着メーカーで働く恋人の樹に話すと、その展示会に彼も行くという どこかで会えるかもしれないから、お互い空き時間ができたら連絡を取り合うことにした 仕事中の樹に会うのは初めてで、それだけのことでも鬱々とした日々に光が差したような気がした 数人にとって、いつの間にか樹の存在がそれだけ大きくなっていたということだ なのに、しくじってしまった ※※※※※※※※※※※※ 「温泉じゃないですか。だったら泊まりでみんなでー」 「ごめん、そうじゃなくて、(すぐる)を1日だけ預かってほしいんだけど」 「は?」 「え?」 「…旅行の誘いじゃないんですか?」 「う、うん…」 その瞬間から、樹は明らかに機嫌が悪くなり、昼御飯を終えて店を出ると、「じゃあ、俺は仕事に戻るので」と言って、一人でさっさと戻っていった ※※※※※※※※※※ 「父さんは男心がわかりません」 夜、夕飯を食べながら息子の(すぐる)に相談したところ、「それは父さんが悪いよ」と言われた 「なんで」 「用件を先に言わなきゃ」 「後から冷静に考えれぱそうなんだけど…」 「父さんは思ったことがそのまま口に出ちゃうタイプだからね」 「(すぐる)は…違うか」 英は、小さい頃からおとなしく、思慮深い子供であったが、剣道を始めてからより慎重になり、物事に動じなくなった 内面は外見に現れるもので、その凛としたたたずまいが、他校の女子にも人気と峰希から聞いたことがある 「気を付けなよ。あんまり心ないことばかりやってると、樹さんに嫌われるよ。あんなすごい人、父さんにはもったいないんだから」 反論できないのが悔しい わかってはいるが、のっぴきならない事情がある 「大切な人を巻き込みたくない問題に直面して、でもそれが理由で嫌われそうになったらお前ならどうする?」 英は目を見開いて数人を見た 「中2の息子にするような相談じゃないと思うけど…他に相談する友達とか、仕事のひととかいないの?」 答えに詰まった 理科子が死んでから、そういう付き合いは長らくおろそかにしていた やっと少しくらい遅く帰ってもよくなって、久しぶりに参加できると思って行った飲み会が仕組まれたもので、心底自分の人徳のなさに呆れる 相談ができそうな友人の顔を思い出しては消し、思い出しては消してしていると英が 「俺なら、正直に言うかな」 と言った 「内緒にしていて不安にさせて嫌われるなら、正直に話して嫌われても同じじゃん。正直に話した方が許してもらえるかもしれないし…」 子供らしいまっすぐな意見だった 「参考にさせてもらうな」 照れ臭そうに、一生懸命答えてくれた英を数人は頼もしく感じた
/56ページ

最初のコメントを投稿しよう!

37人が本棚に入れています
本棚に追加