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5月18日(月) 積み荷
「お前から連絡くれるなんて珍しいな」
待ち合わせ場所に先に来ていた三枝晴海が、人混みのなかに数人を見つけて小さく手を挙げた
「お互い様だろ」
三枝は数人の大学時代からの友人だ
卒業後、三枝は警視庁に入庁し、数人は出版社に就職した
お互いの職業が職業だけに、仕事の話をせずに遊ぶには無謀と思われる時期もあったが、理科子が亡くなり、数人が内勤に変わってから交遊関係は元に戻った
結婚して、家庭生活にどっぷりはまっていく同級生たちのなかにおいて、仕事一筋でこの歳まで独身を貫いている三枝は、相談相手にはちょうどよかった
ましてや今回の話は、無関係の人間に話すには重すぎる
新宿南口に程近い焼き鳥屋のカウンターに並んで座り、まずはビールで乾杯した
「今日、英は?」
「塾だよ。今時の中坊はすごいよな。夜10時頃まで勉強してるわ。そういえばこないだ、剣道の全中神奈川県大会で優勝したよ」
「すごいな。将来警官になるように言っとけよ」
「やだよ。そんな危ない仕事」
「崇高な仕事と言ってくれ」
「怖くて家族も持てないチキンの癖に」
「言うなよ。これでも今度結婚するんだぜ」
数人は串を口に運ぶ手を止めた
「なんて?」
「だから、結婚すんの」
「誰と?」
「彼女だよ。付き合って1年」
「早すぎないか?」
「さあ。この歳になるとそんなもんだろ」
数人も三枝も45歳になる
「相手はいくつだよ?」
「38歳。驚け、3人の子持ちだ」
「マジか。そりゃすごい。でも、まあ、38歳じゃもう一人くらいは産めそうだな。お前も自分の子供ほしいんだろ?」
自然な会話の流れと思って振ったつもりだったが、三枝は急に寂しそうな顔をして黙りこんだ
「どうした?」
気を使ってやれるほどの仲でもない
悪いことを言ったなら、そう言ってほしいと数人は思った
「なんも。俺はタネなしだからな」
沈黙の理由はこれか
45歳にもなると、秘密を誰かと共有したくなってくる
急に体力の衰えを感じたり、親がぽっくり逝ったり、身近に死を感じるようになるからだろうか
「そういうのなら、俺もあるぜ?」
「なんだ。勃たなくなったか?男やもめの癖に」
「お前と一緒にするな。勃つは勃つ」
「俺だって勃つわ」
学生の頃に戻ったような会話をして、二人で大声で笑った
ちょうどビールを飲み終えたため、日本酒に切り替える
そのタイミングで本題に入った
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