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魔王との死闘
千の迷宮の塔の最上階。回廊の奥の扉を開くとそこには、ロッテルバンガンの国王が待ち構えていた。シズクとサクラが知っている王の姿ではなく、黒いローブに身を包み、青白い肌に真っ赤な瞳。どうやらロッテルバンガン国王は、魔王に取り憑かれたようだ。
「ほう、逃げ出した奴隷とここで再会するとは。シズク、サクラ。二度と逃げようと思えないように躾し直してやる。それにもう一人、幼い女がいるな。三人まとめて、いや、裏切り者のクイーンも入れて、四人まとめて、生け捕りにして調教してやるわ」
魔王は、ワイングラスを床に叩きつけて割ると、玉座から降りて戦闘体勢になった。
「ドSの変態魔王が!ここが貴様の墓場さ」
ビリーは、魔王の弱点の目を狙って、剣を投げ槍のように投げた。魔王は魔法でバリアを作り、ビリーの投げた剣は床に落ちてしまう。続いてヒョードルが剣で斬りかかると、華麗にターンを決めて魔王は避けて、死神のような鎌でヒョードルの肩を切り裂いた。
「ウゴォ…腕が…」
ヒョードルが膝から崩れ落ちると、シズクがヒョードルに回復魔法を掛ける。トカゲのグレンが炎を吐いて、ヒョードルのピンチを救おうとする。こちらに寝返えったクイーンも、鞭を八の字にしならせて魔王を攻撃する。
ミモザが味方の素早さを上げる魔法で補助すると、ビリーは千の迷宮の塔の建材で作った吹き矢で魔王の目を狙った。
魔王は魔法を唱えようと人差し指の指先を立てる。しかし、その指先に真っ赤なリボンががんじがらめに絡み付く。
「リボン・スクリュー!」
サクラの攻撃魔法がナイス・タイミングでヒットする。黒いローブを着た魔王に、サクラが放った魔法のリボンがくるくると絡んでいく。動きを封じられた魔王は、
「特殊スキル!悪魔の口づけ!」
そう唱えると、青紫色のキスマークが空間を乱舞する。魔法でもない、物理攻撃でもないそれを防ぐ手立てがなく、パーティー全員の体力と魔力を吸い取られてしまう。
最早これまでか…。パーティー全員の頭に死がよぎった。
しかし、ガコーン、ドッシャーンという轟音と、地震のような揺れとともに、床が大きく傾いた。そして、千の迷宮の塔の一番奥にある、魔王の部屋は大破した。
真っ白で巨大な鉛筆のような物が魔王の部屋の壁に突き刺さった。魔王もパーティー一行も戦闘を忘れて呆気に取られていると、巨大な真っ白な鉛筆の横から、レイナとハリーが降りてきた。
「だから言ったじゃないですか。レイナ様に飛行機の操縦は無理だって」
ハリーはぶつくさ文句を言っている。レイナは笑って誤魔化しながら、
「しょうがないでしょ?飛空艇はシズク達が使ってるから、作者に速く着ける乗り物用意してって言ったら、これがまた出て来たんだもん。ほら、それに『誰でも簡単!5分で出来る飛行機操縦』って本もついてたし」
壁にめり込んだ飛行機の頭をコンと叩く。ハリーはレイナが持っている本の表紙を指差して、
「レイナ様、この本、『著:いい加減な作者』って書いてありますよ。5分で飛行機操縦出来る訳ないですって」
夫婦漫才をしながらレイナとハリーが近づいてきて、
「お待たせしました。我が軍がロッテルバンガンを制圧したのはいいんですけど、国王の姿が見えないので嫌な予感がしたんです」
ハリーが瀕死のシズク達に回復魔法を掛ける。レイナは、魔王を睨むと、
「女子供を奴隷のように扱う、王族にあるまじき蛮行!覚悟しなさい!ロッテルバンガン国王の座から引きずりおろしてあげるわ!」
ロッテルバンガン国王に憑依した魔王に向かって、地属性魔法、グランド・シュートを放った。岩石の雨が魔王の上に降り、魔王は地面に埋まったもぐらのようになる。
「弱いな…。人間とは愚かで弱い…。女の生け捕りは面倒臭い。皆殺しにしてやる!特殊スキル!慟哭の拷問車輪!」
魔王の周りの岩石が、歯車のような刃がついた車輪で削られていく。そして、その刃がついた大量の車輪が、シズク達に襲いかかる。
サクラは三種の神器を並べて、王家に伝わる門外不出の呪文を唱えた。
「ネバー・エバー・フリーダム!」
三種の神器から七色の光がオーロラのように現れて、魔王を包み込む。眩しさで全員が眼を瞑っている間に、魔王は断末魔の悲鳴とともに、葬り去られた。
「サクラ?あなたはどうして王家の呪文を?」
レイナがサクラに尋ねると、
「私のお母さまは、どうやらレイナ様のお父様と密会を重ねていたようです。私はその…大変申し訳ないのですが、レイナ様の異母兄弟のようです」
サクラは気まずそうに話した。レイナは、思い当たるところがあるようで、
「全く!これで異母兄弟何人目よ!お父様は本当にだらしない!でもね、サクラは何も悪くないわ。あなたのお陰で魔王を簡単に退治出来たし、これでシズクとサクラは魔道具屋に戻れるし、ヒョードルとビリーの罪は恩赦、ミモザはお菓子の家を観光地にするのよね。あれ、その真っ赤なかわいい恐竜は?」
レイナがグレンを抱っこして撫でる。
「恐竜じゃなくて、僕トカゲだよ。仲間が恐竜にいっぱい食べられちゃったけど、まだ無事な仲間がいるはずさ。僕は仲間と暮らす」
グレンが元気一杯に答えると、レイナはグレンの頭を撫でて、
「いい子ね、グレン。さあ、みんな祝宴よ!サニー女王に自慢してやろうっと。魔王を倒したのは私の仲間よって」
楽しそうにスキップしている。ハリーがやれやれと呆れて、
「サニー様とマウント取り合うの止めればいいのに…」
深いため息をつく。
「ところで、この飛行機は使えそうにないので、国に帰るときは飛空艇ですね」
シズクは千の迷宮の塔にめり込んだ、飛行機を眺めて、笑っている。
「よくこの状態で着陸して生きてたよね、ふたりとも」
ミモザも不思議そうな顔をしている。ハリーは忍び笑いをしながら、
「僕は作者に溺愛されてますからね」
ミモザに向かってウィンクする。
千の迷宮の塔から出ると、全員でサウス・サウンドアイランドの城下町に向かう。城で魔王討伐完了の報告をすると、サニー女王が晩餐会を開いてくれることになった。
お城での晩餐会は豪華な料理で、お腹は満たされたが、サニーとレイナの自慢合戦に付き合わされて、全員がげんなりしていた。
晩餐会がお開きになると、ビリーとヒョードルは、千の迷宮の塔の結界に隠して監禁してきたクイーンを弄びに、こっそりと出かけた。
シズクとサクラは、死闘をくぐり抜けた安堵感から、激しく深く愛し合っていた。
ミモザと恐竜グレンは、お菓子のお代わりを食べ過ぎて、お腹が一杯で眠ってしまった。
レイナはサニー女王に負けまいと、三人目の子どもが欲しいと、ハリーに可愛くおねだりしていた。
それぞれが、魔王討伐とロッテルバンガン陥落の達成感を感じて、思い思いの夜を過ごしていた。
愛する者を守るために戦った英雄達は、こうして長い長い冒険の旅の終着駅に、やっとたどり着いた。これからの新しい暮らしを楽しみにしながら、平和の喜びを噛みしめた。
世界に再び平穏が訪れた。魔王が死に、魔物が消え、邪気が祓われた。しかし、人間に欲がある限り、魔王をその欲に漬け込み、復活の機会をまた狙うのだろう。
この平穏がいつまで続くのか?
それを知る人は、この世界に誰もいない。
神のみぞ知る…。
サウス・サウンドアイランドの海は、穏やかな波が打ち寄せている。魔王討伐を祝福するかのような凪いだ水面は、子守唄のような波音。眠りについた人々をあやしているような、さざ波の音が宵闇に響き渡っていた。
(終わり)
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