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そんな賛辞と共に、錦はうっとり一刀を見詰める。本に、何と雄々しく凛々しい御方の元へ来たのだろうと。が、一刀にしてみたらば何の事は無いもの。此処迄純粋な眼差しを贈られると流石に気恥ずかしさもあり、咳払いをひとつ。
「別に、義務をこなしているだけだ。西の方はどう過ごすのだ」
話を変えてみる。愛する故郷へ一刀が興味を示してくれたと、錦は笑顔で。
「西ではね、桜と梅が咲く時期に歌会を開いて春を尊ぶんだ。勿論、舞も楽も披露して……私は、まぁ、毎年ひとりでやってたけど……」
話の後半、少し寂しげに笑う。華やかな場は足がすくみ、輪の中へ入れぬ情けない己を思い出して。
俯いた錦の頭上へ、暖かな掌が乗る。徐に顔を上げてみると、一刀が優しく微笑んでいて。
「ならば、今年は俺と二人で花を見るか」
そんな夢の様な言葉が。声より先に開いた、錦の口。
「え、ほ、本当……?」
やっと出た声は、真偽を確かめる野暮な一言。けれど、変わらず微笑む一刀が頷いて錦の肩を優しく抱き寄せた。
「時を空けたいと思う。お前の舞いも見られたなら嬉しいが」
そんな事を甘やかな声で囁かれてしまい、錦は顔を火照らせ固まってしまう。
「いっ、一刀の前で舞う、のか……」
そんな錦へ、一刀は笑みを溢しつつ。
「無理にとは言わぬ。俺は、花を眺めるお前を見られれば十分だからな」
「なっ、な、何だよ其れ……」
最早受け答えも固く、出る言葉もこんなもの。言の葉を巧みに操る西の歌詠み錦も、恋する御方の前では其の技量は発揮出来ぬ様だ。
と、固まった錦を腕に抱く一刀の後方で。
「帝。樹様が拝謁をと」
申し伝えにやって来た小夜の声が。一刀は此処迄かと、名残惜しげに錦の身を解放してやる。
「直ぐに向かうと伝えてくれ」
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