ある日、猫になると言われて

　ずぶ濡れになりつつ家に帰り、シャワーを浴びた。お腹が空いたので、湯でも沸かそうかとキッチンに立つ。視界の隅に白い封筒が入った。なんだこれ？手に取る。ああ昨日のか。ヤカンに火をかけている間に、中身を見よう。
　封筒を開けると、入っていたのは一枚の紙切れだった。しかしそこには「あなたは間もなく猫になるでしょう」とだけ書かれてあった。しかも新聞の切り抜きで。謎だらけだが、わかることは二つ。消印の日付が一週間前（俺の誕生日！）である事。そして実際に猫として扱われている事。ヤカンが沸騰したと笛を吹いた。とりあえずカップ麺で腹ごしらえだ。
　それから一晩考えても、訳がわからないままだった。だから、とりあえず様子を見ることとにした。何かの拍子で元に戻るかもしれない。会社には「もしかしたら例のアレかもしれないので、二週間ほどアレします」とメールを打っておいた。買い物は、できないから二三日はあるものを食べて、後はポチりとしよう。今の世の中は本当に便利だ。画面をタップすれば荷物は届くし、映画も見れる。気が向けばフラりと散歩をして、眠くなったら寝る。
　案外いいじゃん。猫、悪くないな。初日から猫に適応してしまった。

　そういうわけで、俺は猫として何不自由無く一週間を過ごしてしまった。いい加減、人間に戻りたい気もするが、そんな方法ググっても出てくるわけでもない。ちなみにこの中にいない？おー、いいねぇ冷やかしぃ。おっ、なになに、猫である証拠は？う～ん、なんだろう、こうさ思考回路が、猫なんだよね（ドヤっ）。イミフ。うんでしょうね。あ、今日はまだツナ缶しか食べてないぞ！最近ねこまんまかかつお節かツナ缶しか食べたくないんだよなぁ。うおっ強者発見。キョウワタシハサンショクアタリメデシタ。すげー。こっちは、雑草天ぷらにしたことがあります！それから、タバコをおかずに三杯白米いけます！ただのニコチン中毒者じゃんっ。今度は、十日間漂流したことがあります！次元が違ぇ。てかこれ、何の自慢大会？

　すまん、寝落ちした。いやあ皆それぞれ誇れるものを持ってんだね、すごいよホント。どう？それからすごいのあった？UFOに連れ去られそうになった、冬の津軽海峡を泳いで渡った、日々自宅の警備に徹している。うん、暇人だな俺ら。ピンポ～ン。おっ何か来た。出なくていいのか、って？いいのいいの。出たところで、会話できないから。居留守して、もうちょっと待てば。
ほら、勝手に置いてってくれる！置き配っての？超便利。さてさて、何頼んだかな。爪をこうしてすってたてて、テープをピーって、おいおいマジかー。キャットフード&チュール！これは、寝惚けて頼んじゃったな。狙ってる？ボケてる？いやいやマジで。 あ、でも、これで腹を満たしたい自分がいる。ヤバいよな。いい加減、戻れなくなるぞ。それ開けるときハサミとか使いました？そういや使ってないな。どうやって開けたっけ。本能的に爪でバリバリやりゃいいんだよな。えっ？なに？自分の手をよく見ろ？別に普通だけど。詳しく説明しろ？皆さんと同じように、五つに分かれてて、爪は尖ってて、手のひらには肉球がありますけ、ど!?嘘だろ、見た目も猫になってきてる。あ、待って。カーテンの隙間から差す日光が、心地、よ…スヤー。

また寝落ち？そうなんだよ。最近、気づくと寝ちゃってるんだよ。なに言ってるかわからにゃい？待て待て。あれ？打ち込んでる文字がうまく変換できてにゃいぞ。おかしいな？ついに言葉も通じなくにゃったか。と、言うことは。あ。鏡に映る君は誰だ？俺の動きに合わせて一緒に動く。にゃんだこれ？面白いな。えいっ、やーっ、とりゃぁ。はっ。お前は俺にゃのか！にゃんてこった、これは、完全に、猫だ！夢だよ、きっと。うん、きっとそうだよ。よし、とりあえず、お腹空いたー。にゃんか食べて、もう一回寝よう。