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アルフレッドが我が宝とばかりに腰を抱きその身を離そうとしない銀の髪に菫の瞳を持った心優しいシェリダンは、王の次に尊ばれる王妃という身でありながら毎朝こうして礼をするリュシアンたちに慣れず瞳を揺らしている。そんな姿を最初は弱弱しく思ったリュシアンであったが、彼が時折見せる為政者の顔に流石はジェラルドの見込んだ元宰相補佐であり、アルフレッドが愛情とは別に信頼する王妃だと思い直した日は今でも鮮明に記憶に残っている。
とはいえ、普段のシェリダンは優しく、少食ゆえに線が細く儚げだ。リュシアンも食事はさほど摂らず酒を飲むことを好むが、そんなリュシアンよりも更に食べないシェリダンの食事情はアルフレッドをはじめ、料理長やエレーヌ女官長たちの悩みの種だろうと、歩く二人の後ろで護衛しながらボンヤリと思う。それに毎朝のことだがアルフレッドに支えられているとはいえシェリダンの動きが少々ぎこちない。おそらく昨夜も存分に濃密な時間を過ごしたのだろう。今日はまだシェリダンは自分の足で歩けているが、立ち上がることすらできずにアルフレッドに抱き上げられていることも少なくはないのだ。
リュシアンがシェリダンと関わった日々はさほど長くはない。年月だけで言えば彼の同僚であったリオンの方が長くシェリダンの側にいただろう。だがそれでも、短くはない時間の中で彼を見ていたリュシアンは、シェリダンという人間を少しは理解しているつもりだった。
シェリダンは、アルフレッドの愛を心から欲している。正直リュシアンからすればアルフレッドの愛は重く深すぎて、独占欲の塊であるアルフレッドによく愛想をつかさないものだと思うのだが、シェリダンにはその重すぎる愛が必要なのだ。優しく包み込み、腕の中に囲って、時に荒々しく奪いつくさんとするその愛が。
シェリダンの生い立ちはリュシアンも知っている。シェリダンが他は何もいらない、たったひとつアルフレッドの愛だけが欲しいと言うその心も、わかっているつもりだ。だが――時に自由さえも奪い独占するその愛を受け止めるというのはどういう気持ちなのだろうと、時折ふとリュシアンは考える。その時に脳裏に浮かぶのはなぜかリオンの顔で、そんな自分の脳内に毎度リュシアンは盛大なため息をつくのだ。
リオンの愛がどういうものかは知らないが、それを向ける相手は決してリュシアンではないし、リュシアン自身もそんなことは望んでいない。それに、自らの身近な人間が二人もあの異様ともいえる深く重すぎる愛を持っているなど、たとえその矛先が自分に向けられたものでなかったとしても悪夢以外の何物でもない。
時にリュシアンでさえも引いてしまうその深く重いアルフレッドの愛情を嬉しいと微笑みを浮かべながら受け止めるシェリダンに、リュシアンはある種の尊敬を抱く。
そんなリュシアンの胸の内など知るはずもなく、アルフレッドとシェリダンは側妃たちの待つ大広間へと向かった。
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