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「ここです。このシャッター裏なんですけど」
家主に案内され二階へと上がる。六畳程の部屋は物置となっていてガラクタが多く埃っぽかった。ドアの正面に腰窓があり、カーテンが閉まっている。
カーテンをそっと開けると窓ガラスと閉めたままのシャッターの裏に蜂の巣が出来ていて、ものすごい数の蜂が蠢いていた。
「うぐぅ!」
悲鳴を上げかけた磨百瑠の口をパンと叩いて塞ぐ。磨百瑠は両手で目を押さえ背を向けた。
「酷いでしょう?いつの間にこんな……。何だか最近ついてないわ」
奥さんは疲れたようにため息をついた。
目の下には隈が出来、げっそりとして生気が感じられなかった。
「お疲れの様ですね」
声を掛けると「そうなのよ」と奥さんは愚痴った。
「主人が仕事中に車で当て逃げされたり、子供が学校で泥棒扱いされたり、家電がよく壊れたり、大事な物がなくなったり、ご近所トラブルとか、嫌なことが続くのよねぇ」
『相当やられているな』
狐仙がその様子を見て呟く。
「それは気分が滅入ってしまいますね。もう大丈夫ですよ。全て私達が駆除しますから安心感してくださいね」
「あら、つい愚痴ってしまきったわごめんなさい」
「いいえ。気持ちを吐き出すことは浄化の大事な作用です。では窓をあけます。危ないので他の部屋に避難していてください」
部屋に私達だけとなると、『さて』と狐仙が舌舐りをした。
『すごい"負"の淀みだな』
家全体の空気が紫色に渦巻いていた。
「なー何?これから何やんの?!俺、集合体恐怖症なの。蜂の巣とか無理キモイ!」
今日の磨百瑠はヘボくて面白い。こんなキャラだったとは。
『だっせえ小僧だ』
狐仙は鼻で嗤った。
『お主それほど上級の神通力を秘めながらそれは情けなさすぎるぞ』
鯉も残念そうに半眼になる。
「この家の空気が変だなって感じない?」
「なんか酸素薄い感じで重い」
「それが淀み。淀みは"負の人外"が引き寄せるの」
「何それ妖怪の事?」
「そうとも言う。負の人外は先ず幸福の素を吸いとり、出来た洞に不幸を注ぎ込む。そこから膨れる負のオーラを糧にするの。負のオーラはさらに不運を呼び寄せるから、連鎖的に不運が舞い込み、エンドレスで負のオーラが発生し続けて、負の人外は食事に困らなくなるっていう構図なの」
「わかった!それでどーすんの、羽音酷くて吐きそうなんだけど!」
磨百瑠は目をギュッと瞑り叫ぶ。今度は耳を塞いだ。
『聴こえてるのは負の人外の羽音だ。目の前の蜂ではない。耳を塞いでも頭に響くだろう』
鯉が教えると磨百瑠は涙目で手を離した。
「マジだ。羽音がどんどん大きくなる。何でだ?」
「神使様の気配に向こうも興奮してるんだよ」
『来るぞ!』
狐仙が鋭く発するとカタカタと室内の物や窓揺れ、ヴォンと空気が震えだした。気圧が変わったようにキーンと高い音も混じる。
室内に砂嵐が来たようにザザザと空気が揺れると、そこに巨大な蜂が出現した。
「どええ!デカッ!天井突き破ってるじゃん!でかすぎいいい!」
磨百瑠は尻餅をついた。
自動販売機くらいだろうか。模様に触覚、体毛がしっかりと見える。これは虫嫌いでなくても気持ちが悪い。
蜂は興奮しているようで『オノレ邪魔シオッテ』とキシキシ鳴く。
「げぇ!気持ち悪う!」
『愚図るな。攻撃されるぞ』
蜂は羽を大きく動かしたかと思うと突進してきた。わたしは蜂の巣を入れるためのゴミ袋と、胸ポケットから札を一枚取り出し投げ、窓拭きモップでそれを突いた。
「結!障壁!」
私達四人を丸く囲う結界を形成したと同時に、そこに蜂の針がぶつかった。
ぶつかった所からドゥ!と風と衝撃波が噴出する。それは中まで伝わり、電気が通るように頬がビリビリとした。
「やべぇ兎杜ちょー格好いい」
『そうだろう。俺の見込んだ娘だからな』
狐仙に自慢されるが嬉しくない。
「あの、仕事してくれます?!」
何度も刺される針を結界で抑えながら、わたしは訴えた。凄い圧力で、長引くと体力が持たない。
「刺されたらどうなんの?」
「心が死ぬ!廃人みたいになる!」
『不味そうな奴だ。兎杜、ちゃんと喰らってやるからしっかり"味付け"頼むぞ』
鯉は赤い浄化の炎を上げると、蜂に向かってそれを飛ばした。
キィーと蜂の叫び声があがると、狐仙がさらに上から青い炎で蜂を覆った。
蜂の動きが止まったのを確認すると結界を解く。ポケットからもう一枚札を出しながら蜂に向かって投げ唱えた。
「藜の羹、大饗と成れ」
飛び上がりモップを大きく振りかぶると、札と共に眼を突いた。
キエエエエエエと耳障りの悪い叫び声が上がると、瞬時に巨大化した狐仙と鯉が、大きな口を開けて半分ずつ丸のみにした。
しーんとする室内。窓の向こうの蜂の動きに合わせて、ガラスがカタカタと鳴る音だけが聞こえた。
「お、終わった?」
尻餅を突いたまま丸まっていた磨百瑠が恐る恐る聞く。
「負の人外はね。あとはこっちも駆除しないと。本来の依頼はこっちだから」
顎で窓を指す。びっしり詰まった蜂の巣を見て、磨百瑠は溶けたのかと思うほど顔のパーツを崩した。
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