夏と亡霊と裏切り者

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 振り返ると、日葵は自身をボディチェックするようにバタバタと身体を手で叩き、みかんポーチの中を確認してから、私の手にある物を見ると、突進するかの勢いで詰め寄って奪い取った。 「必死になるなら、ちゃんと持ってなさいよ。そんなに大事なものなの? もしかして、お母さんの手作り?」  大切そうにお守りを握りしめる日葵に尋ねる。 「お姉さんは持ってないの?」 「生憎、あんまり神頼みはしない主義なの」  カミサマと呼ばれた祖母の件があったからだろう、お母さんは神様と呼ばれる存在があまり好きではなく、初詣にすら行こうとしない。その影響から、私も神様への信心というものを持ち合わせていない。  肩を竦めて言うと、日葵はキョトンとした顔でこちらを見た。 「ふうん。やっぱりこのお守りって、この村だけのものだったんだ」 「村の人はみんな持ってるの?」 「女の子はね。お母さんからもらうんだ」  歩き出しながら日葵は話を始めた。 「昔から伝わるお守りでね、由来はお婆ちゃんから聞いたんだけど忘れちゃった。昔話みたいで退屈だったんだもん。このお守りは昔から母親が生まれた娘に作ってあげる物で、あたしもお姉ちゃんも小さな頃にお母さんにもらったんだ。一生を添い遂げる人に渡しなさいって。将来、生まれてくる娘にも渡せるようにって、作り方も教えてもらったんだよ。あたしはお姉ちゃんみたいに上手に出来ないけどね」  お父さんの持っている、車や自宅の鍵が纏められたキーチェーンに似たようなお守り袋がついているのを思い出した。興味がなかったので、由来も聞いない。結婚の時にでもお母さんがお父さんに渡したのだろう。結婚指輪みたい。エンゲージリングにしては汚いけど。 「でも、大人の人が失くしたらいけないことが起こるから大切にしなさいって言うし、捨てても探し出して怒られるからさ、仕方なく持ってるの。きっと迷信なのにね。バカみたい」  日葵は少し俯いて、もう一度「バッカみたい」と憎々しげに小さく吐き捨てた。  「あっ」  何かに気がついたように声を上げて、日葵は手をパンと叩いた。 「龍神様もそうだけど、お守りとかそういう古いしきたりみたいなの。あたしは信じてないからね。迷信。嘘っぱちだよ。そんなの大嫌い」  大袈裟に否定する日葵の行動が可愛らしくて、私はくすりと笑った。 「そんなの、私だって信じないわ。だって、十八年間生きてきたけど幽霊だとか、UFOだとかオカルト的なものは見たことがないもの。見たこと無いものは信じない」  私が同意すると日葵は振り返って「そうだよね」と嬉しそうに言った。 「村の大人はみんな、信じてないと龍神様が怒って罰が当たるぞって叱るけど、やっぱりそんなの居ないよね」  器用に後ろ向きに歩く日葵。躓いて転んでしまわないかと心配になる。 「お姉さんとは気が合うねえ」  ニッカリと白い歯を見せて笑う日葵は子供らしい可愛さで、裾を引き摺ってしまいそうな純白のワンピースはやっぱりなんだか不釣り合いに見えた。  再び前に向き直り、歩き出した日葵は、跳ねるように肩を揺らしてなんだか楽しそう。  見上げると空はどこまでも高くて、透き通るほどに青かった。スカイブルー。落ちてきてしまいそうなほどに分厚くて、その中に何かを隠しているような入道雲が悠々と浮かんでいた。  空は爽やかだが、私の身体はそうもいかない。熱気に晒された肌からは汗が流れる。身体中の水分が奪われて、カラカラに干からびた干物になってしまうんじゃないかとすら思えてくる。  辺りを見渡すが数件の民家が見えるのみで、自動販売機やコンビニといった飲み物を購入できるような便利な施設は見当たらない。 「ねえ」  前を歩く日葵に声をかける。 「喉乾いたんだけど、何処かでお茶買えない?」 「お茶?」  日葵は振り返らずに答える。 「そこのおばちゃん家で飲ませてもらう?」  言いながら日葵は一軒の家を指差した。どうも商業施設には見えない、何の変哲もない田舎の一軒家。  私は一瞬言葉が出なかった。どうやら、知り合いの家に訪問して、お茶だけ飲まさせてもらおうというつもりらしい。  他人の家に上がり込んで、お茶を飲まさせてもらうのは、この村では普通のことなのだろうか? それとも、それほど親しい間柄の家なのか?   私の人生の中で、他人の家にお茶を飲むためだけに、他人の家を訪問するなんて発想は一度も出てこなかった。たとえ、親しい友人の家だとしても。自宅外での飲み物は購入するものだ。 「できれば、買いたいかな」 「ふうん。変なの」  理解できないといったように、日葵は首を傾げた。理解できないのはお互い様なんだけどね。  急に日葵は真っ直ぐ山へと続く道を外れ、横道へと曲がった。 「ほら、あそこ。やましたさんところ」
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