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「アルパカ。ラマ。ヤク。水牛。鶏。犬。鮭。蜂。蚕。鯨。山羊。どれを買おうか。あ、馬も居る」
豚を買い、すっかり気が楽になったルルドは、会場をぐるぐると飛び回りながらそんな事を溢す。
「確かに折角だから色々な家畜を番で買おうとは言ったけど、何でも目についたものを言うんじゃ無い。鯨なんか買ってどうするんだよ」
ルルドに腕を引かれ連れ回されるアルドは、どっちが荷物持ちか分からないと頬を膨らませる。
一度鯨の囲いの側に降り立ったルルドは、アルドを囲いの側に降ろすと、鯨の頭の上まで飛んで行く。
鯨も自分の周りを自由に飛び回る人間が珍しいのか、ルルドの動きに合わせぐるぐるとその場を回り始める始末。
「ははは! 動物にも人間にも、風追い様はもう物珍しい存在なんだな。これやるよ兄さん」
鯨の仲買人は、頭上をぐるぐると回る一人と一頭を見上げ笑うと、囲いに凭れていたアルドにころりと石を手渡した。
「さっきあの鯨が吹き上げたばかりの避雷石だ。もう持ってると思うが、羊飼いには必需品だろ? まぁ、予備にするなり誰かにくれてやるなりしてくれよ」
「良いのか? 自然に出てくる避雷石なんて、そこそこの値で売れるのに」
手の中で鈍く光る石に、アルドは遠慮がちに視線を落とす。
「良いって良いって。鯨なんか買うヤツ居ねぇから見世物にでもって思ってたんだが、あの兄さんのお陰で随分宣伝になってるしよ。見世物にもならなきゃ潰して石でも取り出そうかと思ってた所だったんだよ」
振り向けば、盛大に泳ぎ潮を噴き上げる鯨の勇壮な姿に、他の客も集まりだしていた。
鯨の体内に出来る避雷石。
その名の通り、これがあれば雷に当たる事は無い。
雷雲の中すら泳ぐ鯨の体内に自然と出来る結石は高価だが、遊牧に出る風追いには必須な持ち物だ。
アルドは避雷石の表面を指でなぞると、豚の袋の中にしまい、上空を飛び回る一人と一頭を見上げる。
「いやぁ。あそこまで自由に風に乗れたら、楽しいでしょうな。ご兄弟揃ってお買い物とは、羨ましい限りです」
「ははっ! 確かに楽しそうだ。あいつが変わらないお陰で、俺はあいつの前ではちゃんと兄で居られる」
いつの間にか周りには見物客が押し寄せ、仲買人は避雷石や鯨の骨や皮、髭で作った小物が飛ぶように売れ、嬉しそうに眉を下げる。
アルドはそっと囲いを離れると、慎重にルルドの元へと上がっていく。
すぐにルルドはアルドの姿に気付いたのか、鯨の鼻先を手荒くひと撫ですると、一気にアルドの元へと降りて来た。
「お前、目立ち過ぎ」
「人懐っこい個体だったからつい」
ルルドは気恥ずかしそうにアルドの腕をとると、その場を後にする。
今度は真面目に買って帰る動物を探し出したルルドの後ろで、アルドはルルドの帽子の飾り布の根元に、そっとさっき貰った避雷石を結びつける。
「兄さん何かしてる? 頭がもぞもぞする」
「いや、何も。強いて言うなら子豚が帽子を食おうとしてるかな」
慌てて帽子を抑えるルルドの姿に、アルドは思い切りふき出してしまった。
その後は鶏の雛を三羽程、それと雄の仔羊を一匹買って、二人は路地の入り口へと戻って来た。
「やっぱり何だかんだ、羊に目が行くもんだな。嫌だな、染み付いた習慣って」
雛を入れた籠と豚の袋を抱えたアルドは、仔羊を曳くルルドの姿に、必死に笑いを堪える。
「婆様の所に雌の仔羊が居るからもう一匹って軽い気持ちで寄ってみたけど、結局一番真剣に選んだかも」
中々に豪気な買い付けに、ルルド本人も苦笑いを浮かべる。
一先ず二人は、仔羊達を連れたまま飲み物屋まで戻り、そこで小休憩を挟む事にした。
賑やかな二人の再訪に、売り子の娘は一度目を丸くし押し固まってしまったが、直ぐさま相互を崩し、温かなお茶を出してくれた。
「まだ市でお買い物されて行きます? その子達、ここで預かりましょうか?」
「いや、後はきびの種だけだから大丈夫、だと思う。それに、もうすでに一人お願いしちゃってる事だしな」
大荷物の二人に売り子の娘が声をかけるも、アルドは曖昧に手をひらひらと振り、店の奥を指差す。
奥では、未だあのヤク飼いの酔っ払いが、腹を堕し往復いびきをかいている。
「朝から揚げ饅頭と串焼きしか食べてないから腹が減った。ここはお言葉に甘えて、何か食べてから帰ろうよ」
遠慮するアルドの隣で、床机台に胡座をかきお茶をすすっていたルルドが不満の声を上げる。
アルドと違い、風を読みアルドを先導していたルルドは相当腹が減っているのか、既に路地を挟んだ向かいの店に視線を移していた。
そして、アルドに荷物と羊を預けると、ルルドはそのままふわふわと向かいの店に飛んで行く。
店先の大釜では、丁度プロフを炊き始めた所だった。
落とし蓋の隙間から、ごろごろと大振りな羊肉が、米の上でぐつぐつと踊っているのが見える。
釜の周りには皿を持った客が、世間話をしながらプロフが炊きあがるのをのんびりと待っているようだ。
店の中では、床机台に座った客が麺をすすっていた。
入り口でプロフを炊く売り子も汗だくだが、店の奥で粉を練って茹でている店主も汗だくだ。
粉を練り細長く伸ばしたものを、皿の中でとぐろ状に巻き、表面に油を塗りそのまましばし寝かせる。
寝かせた物を更に細く細く伸ばしていき、たっぷりの湯で茹で上げれば麺は完成。
麺を茹でている間に肉と野菜を炒めておき、丼によそった麺の上に汁ごとかければラグマンの出来上がり。
ルルドは店の中と外を忙しなく行ったり来たりすると、器を二つ手に、アルドの元へと戻って来た。
アルドは器の中を覗くや、すぐに顔を上げた。
「ガンファン? そこの店、プロフとラグマンだろ?」
「市に来てるから、折角だし米もラグマンも食べたかったんだよ。そこの店のラグマン汁無しだったし。兄さん汁無しのラグマンあんまり好きじゃ無いだろ。それにしても言ってみるもんだな。二つ返事で作ってくれた」
ルルドから受け取った器の中身は、炊いた米の上にラグマンの具と汁をかけたガンファンだった。
アルドは器とルルドの顔を確認した後、向かいの店に視線を移す。
すると、それに気付いたのか、店先で炊きあがったプロフを混ぜていた売り子が、満面の笑みで手を振って来た。
つられてアルドも微笑み手を振り返すも、気付けばいつの間にかルルドの姿が無い。
いつの間にか隣に置かれたルルドの分のガンファンを確認し、顔を上げ左右を確認する。
すると、プロフが炊けるのを待っていた客達が、笑いながらアルドに手招きをしたと思うと、揃って路地の奥を指差す。
つられるがまま路地の奥に視線を移すと、丁度ルルドが袋を抱え戻ってくるところだった。
「お前なぁ、俺は荷物置き場か? 今度は何を買ってきたんだ? 揚げ饅頭も食ったし、ガンファンだけでも十分だろうに」
プロフを待つ客と売り子に軽く挨拶をし戻って来たルルドに、アルドは呆れたように笑いかける。
「うん。荷物置き。そこに兄さんが居てくれないと色々見て回れないから。それよりさ、さっきプロフ屋のおじさんに、新しく出来た甘味屋があるって教えて貰ったからちょっと見て来たんだけど、知らない甘味が手頃な値段で売ってたからお土産用に少し買って来た」
ようやくアルドの隣に腰を降ろしたルルドは、袋の中から更に小袋をいくつか出し、一つずつ中を見ていく。
これはロクムだバクラヴァだと、今聞いて来た事を嬉々として話すルルドに、アルドも顔が緩んでいく。
一通り説明し終わると、ルルドは更に新しい小袋を一つ取り出し、飲み物屋の売り子に手渡す。
店先を荷物置き場として使ってしまったので、そのお礼にと買って来た物だったが、逆に困らせてしまったようで、売り子は受け取れないと慌てだしてしまった。
小さな揚げ菓子が数個入っているだけだと説明しても、売り子は中々受け取ろうとしない。
そんな小さな攻防を眺めていたアルドだったが、ついにたまらず笑い出すと、ルルドの手からひょいと小袋を取り上げた。
「よし。ルルド、布膳持って来てたよな? 路地裏の開けた場所で広げて食うか。と言うわけで、お姉さんこれお勘定。で、これは俺からの貢ぎ物。また今度来るから、その時この辺案内してよ」
ルルドに羊と器を押し付けたアルドは、さらりと売り子の袖に小袋を忍ばせると、鶏の籠と豚の袋を手に浮き上がる。
見る見る面白い程真っ赤に染まっていく売り子を尻目に、ルルドは必死に笑いを堪えアルドの腕を引き路地裏へと滑り込む。
「兄さんさ、いつか誰かに刺されるよ」
「そんな気はしてる」
大荷物を抱え揃ってふき出す二人の姿に、すれ違う人は不思議そうに振り返り小首を傾げる。
そのまま路地裏を進み、少し開け、小高くなった場所に二人は布膳を広げ腰を降ろした。
丁度眼下には家畜が集まる広場が見え、遠くでは潮を噴き上げる鯨の周りに人が集まっているのが確認出来る。
「今日はやけに楽しそうだな」
布膳を整え家畜達に風を与えるルルドの姿に、アルドは小さく笑う。
人懐っこく、帽子飾りを食む仔羊を撫で回したルルドは、一度アルドに視線を向けるも、気恥ずかしそうにすぐに顔を背ける。
「市に来るのは子どもの頃以来だから、どうにも楽しくってさ」
そう早口で言うと、照れてにやける顔を隠すように、ガンファンを掻き込んだ。
市に来たのはアルドも久々だった。
必要な物は通りかかった商隊や、他部族から買い付ける事が多く、羊毛はヘラルドと年嵩の男衆数名で売りに行く。
定住生活をしているアルド達でさえその程度。長くて何ヶ月も遊牧に出るルルドからしたら、もしかしたら市の記憶など殆ど無いに等しいものだ。
更に、ルルドは知らないだろうが、どう言った理由からか、ヘラルドは一族の風追いを人の目に晒したくないという考えを持つ。
その風追いであるルルドをこっそりと連れ出したアルドは、内心ヘラルドにしてやったりと思っていた。
ガンファンをかきこみながら、じゃれてくる仔羊に苦戦するルルドをひとしきり堪能すると、アルドはようやく自分の皿に手を伸ばした。
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