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深く頭を下げた父に、ルークさまが微笑んだ。 「公爵殿、顔を上げてくれ。こちらこそ失礼を詫びよう。どうか許してほしい。ご令嬢を送り込んで私を操ろうとする者が後を絶たなくてな」 「ご心労、拝察いたします」 「あなたが持つもののなかに領地や領民や一族を入れないことを、あなたは誇るべきだな。そしてご心配めされるな、公爵殿。私がほしいのはアンジェリカ嬢としあわせになる権利だけだ」 面倒な婿でもよければ、アンジェリカ嬢と私の婚姻を認めてもらいたい。 「とんでもないことです。至らぬところの多い娘ではありますが、どうぞよろしくお願いいたします」 「なにを言う。よいところしか見当たらないご令嬢だよ」 そういえば、公爵殿。 「私はちょうど、臣籍降下先を探していてね。臣下にくだるなら、新しく血まみれの名を賜るよりは、あなたの名前にしたい。貸してくれないか」 「……身に余る栄に浴し、光栄に存じます」
 「こちらこそ礼を言う。見ているといい。私が斃れるころには、熨斗をつけて返そう」 公爵家当主の座をどうするかという話かと思ったら、突然こちらのしあわせに話が飛び、あれよあれよという間に公爵家の栄華と存続が約束されてしまった。 や、やっぱりわたくし、社交や領地経営に向いていないわ……。 ルークさまの言葉の際どさに目を白黒させていると、父がとてもよい顔で言った。 「誠におそれながら、殿下。この身は先が短こうございます。老いさらばえたわたくしでは、数を数えることもおぼつかないことでしょう。受取人はどうぞわが令孫にお命じくださいませ」 「ご令孫にか。それにはわが婚約者殿に百枚ほどハンカチを頼まねばなるまいな」 「……百枚でも千枚でも刺繍しますから、おふたりとも、わたくしより先にいなくならないでくださいませ」 むすりと口をはさむと、ルークさまと父が顔を見合わせて、おかしそうに笑った。
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