第4章 帰れない夏

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 翌日、『夜に家に来てほしい』と知哉さんからメールがあった。仕事から帰ったら連絡するからと。  北嶋と会った昨日の夜から、一件返事をしただけで、あとはずっと知哉さんのメールに返信できていない。仕事の休憩中なのか、一度だけ着信もあったけれど出られなかった。  家へ行くという件だけは、『大丈夫です、行きます』と返事を送った。  夜の六時半頃に連絡がきて、知哉さんの家へ向かった。これから知哉さんに別れ話をする。適当な態度を取るなと、北嶋に言われた。だから、「好きな人がいる」と言おうと思っている。傷つけてしまうのなら、せめてそこだけは(うそ)をつかないことにした。好きな人の名前は、何があっても言わない。  高校生の頃、北嶋の幸せを願っていたのと同じように、今は北嶋と知哉さんの未来が平穏(へいおん)なものになるよう、それだけを望む。  マンションの部屋のインターホンを押すと、いつも通り、笑顔の知哉さんが出迎えてくれる。温かくて優しくて、大好きだった。顔を見てしまうと、そんな想いで胸がいっぱいになる。  リビングに入ると、びっくりして一瞬動けなくなった。そこには北嶋がいたのだ。北嶋も驚いたような顔でこっちを見ている。 「(れん)も呼んだんだ。ちょうど同じくらいの時間に仕事が終わってよかった」  知哉さんはキッチンで三人分のコーヒーを()れている。どうしたらいいのかわからず、とりあえず北嶋からは離れたところに座った。  コーヒーを持って知哉さんも座る。そして、普段と変わらない調子で話し始めた。 「飛鳥(あすか)、昨日、なんか様子がおかしかったでしょ。何かあった?」 「あ、……えっと」 「今日は別れ話をしにきた?」 「えっ」  それまで黙っていた北嶋が、「あの、俺、いないほうが……」と口をはさむ。  知哉さんは北嶋を見る。 「廉も関係あるんじゃないの?」  一気にその場の空気が(こお)り、部屋は静寂(せいじゃく)に包まれる。 「違ってたらごめん。ふたり、昨日、何かあった?」  昨日のことは言えない。一生の秘密だから。  予定していた通りの別れ話をして、早くここから帰ったほうがいい。そう思って、だいぶ(あせ)っていた。 「知哉さん、ごめんなさい。……別れたい」 「そう」 「その、……好きな人がいて。好きだった人が忘れられなくて」 「廉のこと?」  どうして……? 知哉さんは、どうして知っているんだ? 「そうなんでしょ? 廉も、飛鳥が好き?」  北嶋は黙っている。どこか一点を見つめて動かない。 「あの、知哉さん。俺、これから北嶋とどうこうなるとか、どうにかなりたいとかないから……。本当にそんなこと思ってない」 「どうして?」 「どうしてって……」 「俺に遠慮(えんりょ)されたら嫌だよ」  知哉さんは寂しそうな顔をする。  すると、ずっと黙っていた北嶋が口を開いた。 「兄貴、ごめん。俺、峰のことが好きだ。高二の時から……。でも俺、兄貴には本当、感謝してて、だから、兄貴の好きな人が好きだなんて、そんなの許されない。俺、兄貴が一番大切な家族なんだ」 「あの、……俺がふたりの前からいなくなります。それで全部うまくいくから」 「飛鳥。どうしてそんなこと言うの?」 「だって、北嶋もいいやつだし、知哉さんは本当に本当に優しい人で、俺なんかよりもっと素敵な恋人を早く見つけてほしい」 「優しくなんかないんだよ」  知哉さんは小さくそう言った。 「飛鳥は、本当の俺を知らないんだ」  コーヒーが冷めちゃうから飲もうと知哉さんが言って、しばらく誰も口を開かず時間だけが過ぎていった。
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