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「クックック」
「笑い事じゃないからね!」
豊橋君が朝イチの講義で居ない、土曜日の朝。
蒼介君をバイト先に送り届けた陽一が開店前の店に顔を出したので愚痴ると、楽しそうに笑っていやがる。
「で、その後はどうなんだ?お前の顔を見る限り、欲求不満では無さそうだけど」
楽しそうに話を振る陽一に、思わず頬を赤らめる。
「まぁ……うん。若さって、凄いよね」
うっとり呟くと、陽一の眉間にシワが寄る。
「今夜は明日の仕事が無いから、一晩中愛された後、明日はベッドから出ないかも。底無しの体力と精力に、今や俺がメロメロですわ」
うっとり呟くと、陽一は呆れた顔をして
「ほどほどにな……」
と呟いた。
「でも、まぁ……幸せそうで良かったよ」
噛み締めるように呟く陽一に、俺は笑顔を返す。
「うん。長らく、心配掛けててごめんな」
と呟くと、陽一はふわりと微笑んで俺の頭を撫でると
「ば~か!何謝ってるんだよ。お互い様だろ?」
そう言ってデコピンした。
「俺さ……豊橋君と出会うまで、自分は身体しか求められない人間だと思って居たんだ」
「幸……」
「でも、豊橋君と出会って、どんな俺でも真っ向からぶつかって来て、全部を愛してくれる人が居るんだと知ったよ」
微笑んで言うと、陽一も優しく微笑んで
「そっか……」
と呟くと、ゆっくり俺を見上げ
「幸。今までの分も、幸せになれよ」
そう言われた。
俺は込み上げる涙を拭いながら
「うん!ありがとう!」
と、笑顔で答えた。
時計を見ると、開店時間になっていた。
陽一はゆっくりと立ち上がり
「扉の札、オープンにしてくるな」
と、ゆったりとした足取りでドアに向かい、陽一がプレートをCLOSEからOPENに変えている。
昔、夢見たのは、陽一と恋人としてこうやって過ごす事だった。
小学校1年生で出会い、それからずっと陽一だけを求めて生きて来た。
片想いの楽しい、悲しい、苦しい、切ないは、全部陽一が教えてくれた。
そんな陽一と、こんなに落ち着いた気持ちで会話出来る日が来るなんて、あの頃の俺に教えて上げたい。
「で、お宅のポチは?」
「ポチって誰?」
「犬橋君」
「豊橋だから!」
お代わりの珈琲を乱暴に陽一の前に置くと、陽一が楽しそうにゲラゲラ笑ってる。
こいつ……絶対、俺の反応で遊んでやがる。
「そう言えば、蒼介君って教師を目指してるんだっけ?」
笑っている陽一に話題を振ると、涙を流して笑う陽一が涙を拭いながら
「まぁね。多分、都内に行くと思う」
そう答えた。
「それは……二人で?」
「当たり前だろう?」
「……って事は、会社辞めるの?」
俺の言葉に、陽一は珈琲を飲んでいた手を止めて
「翔さんから、会社は継がないと言われてね」
ぽつりと呟いた言葉に、今度は食器を洗っていた俺の手が止まる。
「え?」
「俺と蒼介さんへの、社長の対応を見て……翔さんは葵さんと二人で生きて行く道を探すと言い出したんだ。だからお前も、自分と蒼介の為に生きろと言われてね」
寂しそうに呟く陽一に、俺は洗い物を再開しながら
「翔君、良い男に成長したね」
と微笑んだ。
すると陽一も
「当たり前だ!俺とお前の弟なんだから」
そう言って微笑んだ。
まだ小さかった翔君も、今年で二十歳になった。
ヨチヨチ歩きで、俺の名前も翔の名前も呼べなかった小さな翔君は、自分で人生の伴侶を選んで、自分の足で歩いている。
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