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この日、外回りは無くて溜まった書類整理をしていた。
息抜きにコーヒーでも飲もうと廊下に出ると、総務の受付で制服を着た翔君が新人の子と揉めていた。
「あれ?翔君?」
声を掛けると
「篠崎さん、お知り合いですか?」
と、新人ちゃんが俺の顔を見た。
俺はにっこりと営業スマイルを浮かべると
「尾崎さん。新人だから仕方ないけど、彼、社長の息子だよ」
そう言うと、彼女は真っ青になって
「え!社長の!大変、申し訳ございません!」
と、翔君に深々と頭を下げた。
すると翔君は顔色も変えずに
「気にしなくて良いよ。突然、来たんだし。
それより田中は?」
と彼女に聞いている。
翔君が会社に来るのも珍しいけど、陽一に用事があるのも珍しい。
疑問に思って見ていると
「申し訳ございません。16時まで会議に入っております」
と、申し訳無さそうに彼女が答えた。
すると翔君は時計を見て
「後、30分か…。待たせてもらっても良い?」
って言い出した。
(珍しい。翔君が陽一に会いに来た上に、陽一を待つなんて!)
驚いて翔君を見ていたら、翔君の後ろから
「え!悪いから帰ろう」
そう言って必死に翔君の腕を掴んでいる人物が目に入った。
翔君の恋人なのかな?
色素の薄い肌と髪の毛の色で、彼の周りには光が集まっているようだった。
息を飲むほどの美貌とは、こういう人を言うのだろう。
俺は一瞬、時が止まっているように感じた。
そう言えば……以前、陽一が「天使って本当に居るんだな」と呟いたのを思い出す。
穢れを知らない美しさが、彼にはあった。
しかもこの美貌だ。
いつの間にかうちの芸能チームが色めきだって集まってきたらしく、その様子に怯えている彼が可哀想で
「じゃあ、空いている会議室を取るから、後は俺に任せて」
そう尾崎さんに言うと、その子の肩を抱いて
「さっさと逃げないと、きみ目当てで集まってるよ」
と耳元に囁いた。
「え?僕?」
驚いて俺を見上げる薄茶色の瞳があまりにも綺麗で、俺は近場の『空室』と札が青くなっている会議室にその子を押し込んだ。
背後では、翔さんを芸能チームが取り囲み
「翔さん!あの子、彼女ですか?」
「嫌、友達。しかもあいつ、男だよ」
「ええ!男の子?ちょっと、待って。室長、室長呼んで!」
「翔さん、彼に名刺を渡しても良いですか?」
と質問責めにしている。
さすがの翔君も腹が立ったらしく
「うるさい!とにかく、ダメなものはダメだ!」
と外で叫んでいるのが聞こえる。
そして会議室に入って来ると
「あいつら、ハイエナか!」
そう呟いていた。
「翔君、こんな綺麗な子を連れてきたら、スカウトされるの当たり前でしょう?うちの会社、芸能プロダクションやってるの知ってるよね?」
呆れた顔をして言うと
「俺からしたら、幸さんの方が綺麗だと思うけど?」
なんて言われて思わず苦笑いを浮かべ
「止めて!誰がどう見たって、この子の方が綺麗でしょう。」
そう答えてから
「お茶、持って来るから待ってて」
と会議室を後にした。
(それにしても、翔君が男の子の恋人ねぇ……)
しみじみ感慨深くなる。
メモに『翔君が来てる。第2会議室に来い』と走り書きをして、陽一達が会議している会議室をノックして出た子にメモを預けた。
(あんなに綺麗な子が好みのタイプか……。まぁ、爽やかなスポーツマンタイプの翔君には、穢れを知らない天使のような子がピッタリだ)
初めて恋人を紹介された親戚のおじさんの気分で会議室に戻ると、芸能チームが中に入るかどうかを相談していた。
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