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俺が小学校5年生になると、田中家では俺を養子縁組する話が出ていた。
俺自身、田中家に拾われてから、1度も実家に帰ってはいなかった。
そして、自分自身の気持ちの変化にも気付いていた。
初めて夢精したのは、親友だと思っていた陽一に抱かれる夢だったのだ……。
薄々、分かってはいた。
一緒にお風呂に入って、陽一の裸をまともに見られなくなったのは、いつからだっただろう。
翔君と一緒に入って居たので誤魔化せたけど、俺と違って学校中を走り回っていた陽一は綺麗な身体をしていた。
そしてある日、寝ている陽一の唇にキスをした時、自分の気持ちが「助けてくれたヒーロー」から、「大好きな人」に変わって行ったのに気付いた。
でも、知られれば間違いなく嫌われる。
この幸せな環境を壊してしまう。
そう思って、ひたすら隠し続けた。
「よーちゃ、こーた」
翔君がたどたどしく俺達の名前を呼べるようになった頃、悪夢が起こったのだ。
翔君の父親が、翔君を預かってくれているお礼に、田中の両親を旅行にご招待した。
翔君の父親である秋月さんは、近寄り難い怖い人で、息子の翔君でさえ泣いてしまうような人だったので、田中の両親不在時は、秋月さんの運転手だった安井さんという方が面倒を見てくれていた。
男手ひとつで子育てをしたらしく、俺達に対しても優しく接してくれていた。
旅行が終わったら、笑顔で帰って来る。
そう信じて待っていた旅行から帰宅する予定の日。
授業の最中に、担任が真っ青な顔をして陽一を迎えに来た。
陽一は慌てて帰宅してしまい、俺は意味が分からないまま放課後帰宅をすると、安井さんが迎えに来て病院の遺体安置所に連れて行かれた。
陽一の両親は、空港から帰宅するバスを待っている時に、ハンドル操作を誤った車に轢かれて即死だったらしい。
それからはまるで、地獄絵図のようだった。
陽一の父親は身寄りが無いらしく、逆に陽一の母親はかなり老舗旅館のお嬢様だったらしい。親族が陽一の両親の保険金と、この家を売ったお金の話ばかりをしていた。
陽一を預かって、金だけもらって育児放棄すれば良いと言い出す奴もいた。
そんな中、陽一の母親の姉で、今、旅館を仕切っている女性が
「私が陽一を引き取ります!」
と、ブチ切れて言い出したが、当時、旅館の経営は火の車だったらしい。
結婚もしていないその人が引き取るのは無理だと揉めていると
「陽一君は、私が立派な大人になるまで引き取ります!2人の保険金も、この家の売却したお金も一切手を着けずに陽一君を育てます!」
と、翔君の父親である秋月さんが名乗り出た。
弁護士を立てて、瞬く間に陽一は翔君と一緒に秋月家に引き取られる事になってしまった。
もちろん、そこに俺の居場所なんて無い。
俺は実家に戻る事になり、小学校6年生の秋。
俺は陽一と離れる事になった。
別れの日
「こーちゃ?こーちゃ?」
一緒に行かない俺の手を、小さな翔君が必死に掴んでくれていたっけ。
両親を亡くし、親戚の醜い争いを目の当たりにした陽一の瞳は、小さな影を落としていた。
「陽一、離れても俺達は友達だから!」
最後に握手した陽一は
「一緒に連れて行けなくて、ごめん」
とだけ呟いた。
何処に行くのか分からないまま、俺と陽一はこの日を最後に音信不通になった。
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