第5話 英雄的な死

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第5話 英雄的な死

 あまり爽やかとは言えない空模様の下を今日も走っている。骨董品のような自動二輪を走らせて、トーキョーの中心を目指していた。  そこに何があるのか、行って何をしようというのか、それに意味があるのか。そんなことは知らない。あたしはただ走っていたい。きっと、走ること自体があたしなんだ。  昨日は少し立ち止まりすぎた。  その証拠に、引き離したはずの妹たちが近くまで迫ってきていた。迎えに来ました、戻りましょうと頭の中のドアを叩いて呼びかけてくる。姉さん、帰りましょう。姉さん、姉さんと。バカか! 帰るわけがなかろう。  やがてバックミラーに妹たちの姿が映ってきた。追いつかれるのも時間の問題だ。仕方なく取っておきを使うことにした。ポイントに到達するや、あたしはパイナップルを取り出し、ピンを口で抜いて放り投げた。  予想以上の轟音と振動に体が震える。  だが、結果は予想通り。朽ちかけた鋼鉄の橋は、ぐらりと倒れた。ここトーキョーでも、単純な作りの道具ならまだ使える。  激しい音と土埃を背に、得意になって片手でガッツポーズ! よっしゃ、成功! と、こいつがまずかった。  あたしの運命を握ったのは小さな石ころ。  走り続けていた自動二輪ごと勢いよくひっくり返った、その原因は小さな石ころだ。間抜けなのはあたし。踏まなくて良いものを踏み、踏むべきものを踏まず。  ほんの小さなひとかけら。誰がおいたでもなく、おかれたでもない。ただ落ちていた石ころにタイヤを取られて自動二輪はひっくり返った。そう、追手のせいでもなければ、銃撃を喰らったわけでもない。  原因はあたしの間抜けぶりによる。  何事も悲劇的な理由や英雄的な意志が引き寄せるものばかりではないということだ。むしろ、その方が少ないに違いない。  とにかくあたしは間抜けな叫び声を上げて無様にひっくり返った。しゅんかん、脳裏に浮かんだのはあたし自身のことでもなく、アリアのことでもなく、くそったれの追手の連中でもない。ただ、あたしが死んだらシュバルツに餌をやる人間がいなくなる。それだけだった。  つまり、あたしはウサギに餌をやるためだけに生きているのだろう。あたしはウサギより早く絶滅する。  ふっとそう思い、それであたしは死んだ。
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