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第2話 みどりさん
店に入ってきたのは若い女性だった。
無遠慮に此方を見下ろす両眼はカラコンだろうか、綺麗な緑色をしていた。白い肌に、これまた緑色の長い髪が流れ、その鮮やかな色を誇っているかのようだ。まだ夏には早い時期に、ノースリーブの白いワンピースだけで何も羽織っていない。雑貨屋の店名が頭に残っていたからか、僕は、まるで妖精女王みたいだと思い、目を奪われてしまった。もっとも、見下ろす緑色の目は冷たく、見つめ合っていても、じっとして動くことがなかったけれど。
その人はぷいと横を向くと軽やかに戸口を離れ、棚に並べられたアンティークプレートを眺め始めた。
二十代半ばくらいに思えたその女性はOLにも主婦にも何にも見えなかった。思わず後を追った視線の先、気紛れに棚を見て回る足取りは軽やかでリズミカルで、ワンピースの裾がひらひらと舞っていた。
魅入られたような僕の様子を見兼ねたのか、あるいは面白がってか、シュウくん、シュウくん、と再びマスターのしわがれた声で名前を呼ばれた。
「あまり見つめちゃ駄目だよ。綺麗な人だろう? みどりさんだよ」
「みどりさん?」
阿呆のように繰り返すだけの僕を見て、楽しそうに小さな声で言葉をつなぐ。
「そう、みどりさん。と言っても、何も話してくれないから、名前も知らないんだ。わしがつけたあだ名だよ。目はコンタクト? 髪の毛も染めてるのかね。若い人のすることはわからないねぇ。よく似合っているけどもね」
みどりさんの動きを目で追って、奥の方へ行くのを見送りながら独り言のようにいう。
「みどりさん、しばらく来てなかったから。シュウくんは見たことがなかったんだね。来るときは立て続けにくるけど、来ないとなったら何ヶ月も来なかったりする。気紛れで自由で、猫みたいな人だよ」
そんな話をされていると知ってか知らずか、商品棚の隙間から見えるみどりさんは、アメコミの古い人形を手にして楽しそうに遊ばせていた。人形に話しかけているのか、話させているのか、無邪気な笑みは子供っぽく罪のないもので、人を惹きつけずにはおかない。
視線に気付いて、同じく商品棚の隙間から此方を見つめ返して来た。その視線は揺るぎなく、じっと見つめて離れない。耐え切れずに目を逸らすと、ジャラジャラと硬貨の触れ合う音が響いて、みどりさんは人形を持って外へ出て行ってしまった。マスターが、また来てねと声をかけるが、振り返ることもない。
「みどりさん、ポケットに剥き出しでお金を入れているんだ。いつも何かしら買っていってくれるけど、現金をぽんと置いて勝手に持っていっちゃうんだよ」
苦笑いのマスターを残して、みどりさんの後を追って外へ出てみると、明るい日差しの下でゆらゆらと陽炎のような背中が角を曲がっていくところだった。
ふわふわとした足取りは地に足がついていないような、そのまま空へ消えていきそうな淡い印象を受けるもので、消えていく背中を僕は不安な気持ちで見送った。
店へ戻ると、マスターが珈琲を入れてくれていた。
「これは奢り。みどりさん、素敵だろう?」
「ええ、なんだかふわふわとして、酔っているみたいな……」
「そう。酔っているんだよ、あの人。いつも飲んでいるから」
そういえば、微かにアルコールの香りがしていたなと思いながら、ほっそりとした白い背中で遊ぶ緑色の髪を思い出していた。
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