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第4話 ひとつなぎの言葉
公園で出会った愛らしい姉妹のユナちゃんとマキちゃんと。駆け去っていくマキちゃんの声が僕の頭蓋骨を叩いて響かせていた。
……バカだから。
いつかどこかで聞いたことのある言葉だった。それは、僕の頭の中のどこかに夏と一緒に仕舞われていた。くっついているのは谷川俊太郎の詩と一青窈の歌、少し離れて切り落とされたおさげと。
言葉というものはとても不思議だ。吸って吐いてする息とともに生まれ、息とともに死ぬ。それなのに後に残るのだ。長いか短いか、癒しか傷か、それはわからないけれど。
詩人が言うまでもなく、吐いた言葉は聞く人がいなければ消えてしまう。人の心を傷つけ、壊し、癒し、許し、助け、踏みにじり。そこにありもしないのに。あなたがいなければ。
いつからだろう。昔を思い出すことが嫌いになった。振り返ると失敗や恥ずかしい記憶ばかり、黒歴史のみだから。現実の自分を受け止めることが出来ないから。
だから、外のセカイを描くことに逃げ出したのかもしれない。幼い姉妹の姿が記憶の底にある子供時代を呼ぼうとして呼べずにいる。うっすらと色褪せた思い出が揺蕩う。アルバムを捨てた後、ほんの一枚、捨て損ねた古い写真が残っていたように。
なぜ今日まで忘れてしまっていたのか。
課題が仕上がらないから、遊ぶのに一生懸命だから、酒が脳味噌を腐らせたからなのか。あるいはただ年を取り、時間に貪られてしまったからなのか。人は体だけでなく、心も年をとるのだろう。
僕の脳味噌は日々の課題やバイトをこなす程度には働くけれど、それ以上でも以下でもないみたいだ。長く思い出さないでいると、記憶は残っていてもそこへ至る回路が閉じられてしまうのかもしれない。
そう、きっと僕もバカだからだ。
錆びた鉄の味が口中に広がる。そんな幻の如き思いが木漏れ日とともに落ちかかり、眩暈の元となって広がった。
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