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第6話 ストロングゼロ
店に入ってきたのは、ほとんど以前と同じ格好のみどりさんだった。今日は少し暑いからなのか無造作にまとめた長い髪が涼しげだ。
マスターがにこやかに声をかけるが、みどりさんはチラッとこちらを見ただけで、そのまま陳列棚の方へ行ってしまった。
僕は立ち上がって、みどりさんを眺めていた。わりと無遠慮な視線を投げかけたけれど、まるで意に介する風もなく、素朴なネックレスや陶器、真鍮のプレート類を手に取っては無造作にカゴに入れていく。
種々雑多な物の色と形の中、すらりとした立ち姿は美しく、草原に抜きんでた白い百合の花のようだった。
初めて見た時と同じかそれ以上に惹かれるところがあって、本気でモデルになってほしいと思った。やっぱり妖精女王みたいだ。
くるりとその場でターンを決めるように回ったみどりさんは、サイドポケットに手を突っ込むと、そこから現金をつかみ出してレジのキャッシュトレイに硬貨を落としていった。
チャリンチャリンと涼しげに音楽的な。硬貨を落とすこと自体を楽しんでいるのだろうか。最後の一枚を親指と人差し指で摘んで、高く持ち上げて落とすと、カゴの中の細々とした品物をこれまた無造作にワンピースのサイドポケットへ放り込んだ。硬貨と交換したのだから、そうするのが当然とでもいうように。
一連の動作を終えたみどりさんは、振り向いて僕の方を見ると、声に出さずに笑った。それは無邪気で魅力的で。
「……あ、あの」
一歩前へ出て、みどりさんに声をかけた。「僕は水尾修二といいます。絵を、絵を描いています。その、美大へ行ってて」
まとまりもなく、うわずった声しか出ない。みどりさんは警戒するような逃げ出そうとするような顔をして、続けて少し怒ったような、不満げな様子で口をへの字に曲げると、太ももの辺りに手を握りしめて立っていた。
全身で拒否されているのを感じて、言葉が続かないでいると、みどりさんはもう一度くるりと回って店を出て行こうとした。その時、やっと舌が動いてくれた。
「モデルになってください! 描きたいんです。とても素敵です。緑色の髪と目が妖精女王みたいで、とても……」
自分が何を言っているのかわからない恥ずかしさと怖さで俯いていると、足元に、小さく揃えた白い両足が見えた。
ぶつかるほどすぐ近くにみどりさんが立っていて、幽かに、石鹸とアルコールの匂いが漂っていた。
目の前にある唇にどきりとさせられる。
みどりさんは、ふっと後ろにステップを踏んで離れると僕の顔を覗き込むようにして、もう一度、笑った。今度も声に出さず、でも、さっきよりも楽しそうにしていた。
返事をもらおうと開きかけた僕の口に人差し指を当てて黙らせると、みどりさんはサイドポケットからごそごそと何か取り出した。
「冷たっ!」
頰に当てられたそれはよく冷えた500ミリのストロングゼロだった。驚いて身を引く僕の姿を見て、みどりさんは口元に手を当てて笑いを堪えていた。
目の端に浮かんだ涙を手の甲で拭って、そのまま、プシュッと缶を開けて一口含むと、少し味わってから飲み込んだ。
小さくのどを鳴らして、火照った頰と熱っぽい妖しい目で微笑みながら僕を見つめる。その蠱惑的な笑みは泣いているみたいに思えた。
片手で小さく手を振りながら、別の手にストロングゼロを握って軽やかなステップで去っていく。その後ろ姿は夏そのものだ。
からんからんとドアベルが響き、それと重なるように、ちりんと風鈴が鳴る。マスターに声をかけられるまで、魔法にかけられたように動けずにいた。
「残念、振られちゃったね」
さして残念そうでもなく、いつもの飄々とした声音で告げて魔法を解いてくれた。
「振られました」
魔法の残り香を振り落とすように頭を振って、僕はクロちゃんのケージの前にしゃがみこんだ。
「仕方ない。クロちゃんでも描こうかな」
「こーら、そんなこと言ったら怒るよ。クロちゃんは何でもわかっているんだから」
「そうですね」
苦笑しながら応え、床に胡座をかいた。
じっと動かないクロちゃんは祈りを捧げているようで、その眼には、スケッチブックを広げて鉛筆を走らせる僕の姿が映っていた。
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