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ファーストコンタクトくらい紳士にいきたい
「あー…え、いいんですか?」
ハヤテが答えると、男性の顔がパッと輝いた
そんな顔をされると、付き合わないわけにはいかない
ハヤテはトレーをテーブルの上に戻し、もう一度座った
「あの、経営企画の方、ですよね、俺、法人営業部の杣アキヒコって言います」
男性は名乗りながら焼きプリンをハヤテのトレーに置いた
「友寄ハヤテです。よろしくお願いします。ではお言葉に甘えて…」
ハヤテは焼きプリンの蓋を外した
よく知らない人と、向かい合ってプリンを食べるなど初めてのことなので緊張する
何を話せばいいかわからず、ほんの数秒間のことだろうが、気まずい沈黙が流れる
ハヤテはさっさと食べ終えて仕事に戻ろうと、スプーンを動かす手を早めた
「友寄さんて渋くてかっこいい名字ですよね。一度聞いたら忘れないと思います」
杣は焼き魚定食に丁寧に手を合わせて言った
「よく言われます。名前か名字かわかんない、って言われる方が多いですけど…」
「確かに」
杣は人懐こそうに微笑んだ
感じがいい人でよかった
ハヤテはホッとした
「ところで、友寄さんって、駅前のシェ・タオカ好きなんですか?」
「え?」
シェ・タオカは、ハヤテが週1ペースで通うお気に入りのケーキ屋だ
「お店でよく見かけるので、甘いものが相当好きなのかな~って」
ハヤテは見られていた時のことを想像して、恥ずかしさで顔が赤くなるのを感じた
出がらし味の緑茶を流し込んで、気分をリセットする
「彼女が甘いものが好きで、一緒に食べている間にはまってしまって…」
【彼女】以外は正直に答えた
「そうなんですね。じゃあ他のお店とかも詳しいんですか?」
「まあそこそこ…どうしてですか?」
「いや、俺も甘いもの好きで、休みの日は結構食べ歩きとかしてるんですよね」
杣は気恥ずかしそうに答えた
なるほど、だから焼きプリンか
改めて杣を見ると、背は180センチ以上はあるだろうか
大きな体を丸めて一生懸命魚の骨を避けている姿と、脇に置かれたプリンの構図がなんだかおかしくて、ハヤテは思わず吹き出した
「どうしたんですか?」
骨を取る手を止めて、杣がハヤテを見た
「いやあ、失礼ながら意外だな、と思いまして」
「そうですか?」
「そうですよ」
杣は穏やかに微笑むだけで、それ以上何も言わずに骨取りに戻った
その時、ガラス張りの窓から差し込んだ光が杣の手を照らした
大きくて骨ばった手の陰影がくっきりと浮かび上がり、そのあまりの美しさに、ハヤテは息を飲んだ
ゆっくりと骨を避けていく器用な箸さばきと、その箸を持つ指の長さと白さと滑らかさと形
この大きくて繊細な指で下を弄られたら、すぐにイッてしまいそうだ
ハヤテは下半身がうずくのを感じ、あわてて目線をそらした
「で…なんですけど…」
「え?」
妄想の世界に入りかけていて聞いていなかった
「今度、都内のスイーツ店めぐり、一緒に行きませんか?」
「…はい?」
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