一杯目 青春味

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 三人でダラダラと教室に向かって歩いていると、いきなり美有が絶叫に近い声を上げる。おかげで樹の心臓が一瞬止まったように思えた。しかし、少し経てばまた一定のリズムで脈打つのでとりあえず胸をなでおろす。 「いきなり大声出してどうしたんだよ」  耳の中に指を入れて勇磨が尋ねると、苦笑した美有が樹たちを見る。 「次の授業、移動教室だった」 「だったら早く行けよ。俺らは普通の教室だし」  面倒くさそうに手で追い払う勇磨に美有は口をとがらせる。それを可愛らしいと思ってしまう樹は彼女の沼にはまっていると心の中で呆れる。十年以上たっても学生時の恋は淡く純粋なままだ 「えー、一緒に走ってくれないの?」 「わざわざ疲れることしないって」 「勇磨のケチー」と言い放って美有は階段に向かって走り出す。もともと運動神経のいい彼女の姿は一瞬にして小さくなっていく。 「相変わらず落ち着かないやつだな」  後姿でも慌ただしいのが見て取れる美有を眺めながら勇磨が呟く。その顔の半分は呆れていて、半分はどこかほっとけないような顔をしている。  その表情が高校生の樹にとっては気になって仕方がなかった。いつも美有のことをからかっている勇磨だが、少しは異性として想っているのではないかと不安だった。それが冴えない自分とは違って、誰にでも優しくて頼りがいのある勇磨だからこそ、その疑念は強まっていく一方だった。 「あいつも恋とかしてもっとおしとやかになってもらいたいものだけどな」 「そうだね」と樹は心にもないことを言う。  確かに美有は猪突猛進で、目の前にあることに全力になりすぎて忙しないことがあるけれど、樹にはそれが彼女の長所で魅力とも感じられた。ただひたすらにその道を進んでいくことがどれだけ勇気のいることか、できないからこそ身に染みた。  どうか、それだけは変わらないでいてほしい。  そう願うとともに勇磨は何も彼女のことを分かってないことに腹が立つ。何年も一緒にいて、美有と付き合うことができる素質を持っているのに彼女のことを全く理解していない。  きっと勇磨が告白したら、美有は「おっけー」とさわやかに答えるのだろう。二人の特別な空気はもはや幼馴染を超えていると樹は感じていた。  自分に入る余地なんてなかった。そう考えると無駄に葛藤する自分がみじめに思えてきた樹は鼻で笑う。笑うしかなかった。 「何笑ってるんだ? 俺らも早く行かないとやばいかも」  一足先に階段を上っている勇磨に「そうだね」と言って樹も二段飛ばして駆け上がる。  午後の授業はいつの間にか流れていった。
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