一杯目 青春味

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 暖かくて涼しい風が体を優しく包む。夕方の気温も暑いが、風はきちんと夜の風になっているから助かる。  隣でアイスの実をおいしそうに食べている美有は足をぶらぶらと前に出して行動によって感情を表している。美有の髪が夕日にきらめく海のように輝く。  樹はこの光景を懐かしく思う。当時、サッカー部に所属していた勇磨と一緒に帰ることはほとんどなく、樹は高校生活の大半を美有と帰っていた。この時間だけ樹は美憂と二人きりになれる、緊張と至福の時間だった。 「樹は本当に買わなくてよかったの?」  不意にこちらを向く彼女の澄んだ瞳にどきりとする。自分の気持ちが美有の瞳には映っているのではないかと不安になる。内心慌てていたが、顔と声だけは平然を装う。 「うん。家でご飯食べられなくなるから」 「樹はもっと食べたほうがいいよ。私よりも体細いし」  そう言いながら美有は器用に袋から実を一つ噴射させて口に放り込む。どう見たって美有の方が細いのだが、恥ずかしくて言えない樹は隣を黙って歩く。何も取柄のない樹には隣を歩くだけで十分だった。それなのに、心の隅でそれ以上を望む自分もいる。この時から樹は自分の気持ちを抑えられなくなっていた。 「あのさ、明後日の日曜日空いている?」  唐突な美有の言葉に驚きとともに、苦い記憶が再び浮かび上がる。どうやら二人と一緒にいられる時間はもう残りわずかのようだ。 「空いているけど、どうして?」  返ってくる言葉は分かっているが、樹は過去と同じ言葉で尋ねる。美有は瞳を輝かせて頬を掻く。夕日のせいで彼女の頬がほんのり紅く染まる。 「えっとね、日曜日買い物に行きたいんだ。だから、ついてきてほしいの」 「なんで僕と?」 「だって勇磨は部活で来られないし、樹はいつも土日暇してるからさ、用事作ってあげようと思って」  楽しそうに話す美有を見ている樹の心に茨が絡まりつく。その買い物で樹は自分の気持ちを制御できなかった。  当時、初めて二人きりでの休日、ひとりでにデートということにして心を高鳴らせ、その一日を樹はひそかに、そして存分に楽しんだ。  しかし、デートの帰りに美有に言われたことですべてが勘違いだったことに気づいた。 「今日はありがとう。あのさ、これ勇磨に渡しておいて」  きれいな紺色の包装紙でラッピングされた小さな箱を受け取ったときは鉛のように重く、危うく落としそうだった。  少しでも期待していた自分を樹は恥ずかしく思った。もとより分かっていたこと、美有の心はいつでも勇磨に向いていて、樹は勇磨の友人の一人にすぎない。完全に蚊帳の外だった。  満面の笑みの美有と別れた後、落胆、羞恥心、そしてどこにぶつけていいのか分からないわだかまりを抱いた樹はこの一連の出来事を勇磨のせいにした。  勇磨の予定が空いていたら、樹が買い物に付き合うことはなかった。美有もプレゼントを直接渡せていて、二人は幼馴染から恋人になれた。事後報告だったら樹もあきらめがついた。  そして苛立ちがピークに到達した樹は持っていた彼へのプレゼントをコンビニにあったごみ箱に投げ入れた。  一夜明けて我に返った樹は朝早くにそのコンビニへと行って中を確認したが、すでに新しいごみ袋が設置されており、プレゼントはどこにもなかった。  二人にも、自分にも負い目を感じた樹はその日から勇磨たちと距離を取るようになり、卒業とともに逃げるように地元を離れた。 「じゃあ、明後日の九時、駅前に集合ね」  大きく手を振った美有が樹とは違うホームへの階段を降りていく。美有の姿が見えなくなった後で樹は深くため息をつき、その場に立ち尽くす。  二度目の失恋の心構えができずにいた。
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