第1幕 はじめまして

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「…寒くない?暑くない?」 藤原さんは運転しながら後部座席の私に尋ねる。 「ちょうどいいです」 私がそう答えるとミラー越しにふっと優しく微笑んだ顔が見えた。 「家まではあと数十分くらいなんだけど、少し寄り道をしてもいいかな?」 「はい」 それから数分後、藤原さんは駐車場へ車を停めた。 ガチャッとドアが開く。 「足元気をつけて降りてね」 私はそっと車を降りた。 目の前には見たことの無い大きな建物が建っていた。 圧倒され立ち尽くす私に藤原さんは声をかけた。 「ここは市内で1番大きいショッピングセンターなんだ。必要なものは何でも揃うよ」 施設にいた頃は想像も出来なかった。 そもそも施設の外に出たのは今日が初めてだったから。 「まずは食器を買おうか」 藤原さんが雑貨屋さんを指さした。 私は頷いて後を追った。 「どういうのが好きかな?いちご柄?キャラクター物?シンプルなのもいいかな?」 「んーと…」 たくさん種類があって決められない。 そんな私を見かねたのか、藤原さんは思い付いたように言った。 「でも1セットじゃ足りないからね、全部買っちゃおうか」 藤原さんは私がいいなと思った物をなんの迷いも無くカゴに入れた。 「こ、こんなに買っちゃって大丈夫ですか?」 私は驚いて尋ねた。 「うん、お金はたくさんあるからね」 藤原さんはまた優しく微笑んだ。 「食器の次は…そうだ、ベッドを買おう」 そしてベッド売り場へ移動しベッドを買い、 それからテーブル、椅子、姿見、ルームマット、洋服、シャンプーやリンス、必要なものは全て揃えた。 「さて、お腹すいたね、お昼にしようか? 美鈴ちゃん何食べたい?」 「えっとえっと…オムライス!」 私達はレストランへと移動した。 「2名様ですね、こちらへどうぞ」 可愛いエプロンを付けた店員さんが私達を席へと案内した。 メニューを開くとたくさんのオムライスの写真が並んでいた。 「オムライスなんて久しぶりだなぁ」 藤原さんが呟いた。 「…オムライス、嫌いですか?」 私は藤原さんの食べたい物も聞かず、オムライスと言ってしまった事を申し訳なく思った。 「ふふっ」 そんな私を見て藤原さんは笑った。 「ううん、違うよ。 ここの所ずっと研究で忙しくてろくにご飯を食べてなかったからね、本当にただ、久しぶりだなって思っただけだよ」 そして藤原さんはビーフシチューオムライス、私はケチャップオムライスを注文した。 店を出るとさっきよりも人が多くなっていた。 「今荷物を運んでもらっているから、もう少し時間を潰そうか。そうだ、この近くに綺麗なチューリップ畑があるんだけど、見に行かない?」 チューリップと言えば、施設内で沙苗さんが花壇に植えてたのを見た記憶がある。 車に乗り込み5分ほど走った所に大きな公園があった。 広場のベンチに座って新聞を読んでいる人や缶コーヒーを飲んでいる人が目に入る。 広場の中央に噴水があり、そこにチューリップ畑が広がっていた。 「すごい…綺麗!」 私は一面に広がるチューリップ畑に感動した。 「ここのチューリップ畑、凄いでしょ?」 「藤原さんは、よく来るんですか?」 「んーそうだね、息抜きしたい時とかによく来るかな」 息抜き…藤原さんは本当に研究で忙しいんだな。 「チューリップの花言葉って知ってる?」 不意に藤原さんが尋ねた。 私は首を横に振った。 「昔誰かに聞いたんだけど、 "思いやり"なんだって。思いやりって、忘れがちだけど大事な事だよね。ここへ来ると思い出すんだ…」 藤原さんはチューリップ畑を見るでもなく遠くを眺めているように見えた。 「さて、そろそろ帰ろうか」 私達は再び車に乗ると家路へと急いだ。
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