#2 研究対象

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#2 研究対象

暁人さんの家に来て2週間が経った頃。 「おはよう美鈴、今日は研究所に一緒に来てもらいたいんだけど、いいかな?」 「はいっ」 研究所へ行くのは今日が初めてだった。 暁人さんは一体どんな研究をしているのか、私はとても興味津々だった。 朝食を終え車に乗り込むと、暁人さんの運転で研究所へと向かった。 車を降り、入口の警備員に入館証を見せるとガラスの扉がスっと開いた。 その後パスワードを入力し、また別の扉の中へと入る。 中には同じような白衣を着た人達が慌ただしそうに動いていた。 その中からゆっくりとこちらへ歩み寄ってくるお爺さんと目が合った。 「藤原くん、ご苦労だったね。この子が例の子かね?」 暁人さんは私を隠すようにサッと前に出るとお爺さんに挨拶をした。 「どうも柳さん。2週間ほど前に引き取りました、美鈴と言います」 いつもとは違ってかしこまったような藤原さんに私は違和感を覚えた。 「何かしらの成果を期待しているよ。君にはね」 柳さんと呼ばれたお爺さんは不敵な笑みを浮かべて去っていった。 その背中を見送ると暁人さんは振り向いてしゃがみ、私の目線に合わせた。 「少しやらなきゃいけないことがあるんだ。 あっちの部屋で待っててくれるかな?」 私は頷き指定された部屋で暁人さんを待つ事にした。 一面真っ白で、テーブルとソファしかない少し変な部屋だった。 そこで私は奇妙な体験をした。 誰もいないのに誰かの声が聞こえてくるのだ。 「…誰かいるの?」 尋ねてみても返事はない。 それでも声は聞こえてくる。 それも1人や2人ではなく、数人の。 ー『あの野郎ふざけやがって』 ー『今日の夕飯何にしよう』 ー『この研究が認められれば俺は大金持ちだ』 私は思わず耳を塞いだ。 なんだか怖い。 その時音もなく扉が開き、男の子が部屋へ入ってきた。 同い年くらいの男の子だった。 「お前も、研究対象なんだな」 男の子はそう言うと、私の腕を掴んだ。 「えっ、何どういう事?」 男の子は私の腕を掴んだまま部屋を出ると早足で施設内を歩いた。 「何処に行くの?私、あの部屋で待ってなきゃいけないの」 私の声が聞こえないのか男の子はそのまま歩き続け、スっと開いた扉の中へと入った。 機械がたくさん置いてある薄暗い狭い部屋だった。 男の子がしゃがむと私も慌ててしゃがみこんだ。 「ここは超能力を持った子供が研究される研究所なんだ。ここで俺は何人も酷い目にあっているのを見た。だからお前だけは助けたいんだ」 男の子は真っ直ぐ私を見た。 「わ、私超能力なんてないよ?」 「気付いてないのか?それとも忘れてるのか、 でも俺にはわかる。お前は俺と同じだ」 私が、超能力者で、研究対象なんて、そんなの信じられない。 「…また声が…」 私はまた耳を塞いだ。 『耳を塞いでも無駄だ。これは耳から聞こえてるんじゃなく、お前が他人の心の声を聞いているんだ』 私はびっくりして顔を上げた。 確かに声は聞こえているが、それは口から発せられた"声"ではない事がわかった。 「わかっただろ?お前は超能力者だ」 「この声を聞こえなくするにはどうしたらいいの?」 「…そうだな、意識しなきゃ聞こえなくなる。でも逆に心の声に反応すると、より聞こえるようになる」 「…そんな」 「お前、小さい頃の事、覚えてるか?」 「小さい頃の事?…それが全然覚えてないの」 「ならゆっくり目を閉じて、自分が産まれた時のことを想像するんだ」 私は彼に言われた通り目を閉じて自分が赤ちゃんだった頃の事を想像してみた。 施設に預けられる前のもっと小さい頃の記憶。 ふと、とある映像が頭の中へ流れ込んできた。 私が赤ちゃんの頃の映像だ。 ベビーベッドで手を振って母親らしき人物を呼んでいる。 その人物は背を向けていて、私の声に気付かないようだった。 するとベッドにあったおもちゃが宙を舞いその人物目掛けて飛んでいった。 トンッとおもちゃは背中に当たり、ぽとりと落ちた。 振り返った女は驚きを隠せないようで慌てて部屋を出ていってしまった。 「どうだ?思い出したか?」 男の子の声にハッと我に返る。 「…あれは私、なの?」 「そうだよ、お前は生まれながらに超能力者だったんだ」 「そんな…なぜあなたは知っているの?」 「俺の超能力は色々あるが、1つは相手の過去を見ることが出来るんだ。」 「…す、凄いね」 私は感心した。 「そうかな、どうせなら未来が見れたらいいのに」 「どうして?」 「これから何が起こるのか、先が分かれば俺もこんな所から逃げ出せるからさ」 男の子は私に腕を見せた。 そこには数字が書いてあった。 「試験体0024、これが俺の名前」 「…私、ここの研究所の藤原暁人って人と一緒に暮らしてるの、だからあなたの事暁人さんに相談すれば、きっと助けてくれるかもしれない」 私は勢いよく立ち上がった。 「待って!」 腕を捕まれ私は尻もちをついてしまった。 「ごめん、扉の向こうに誰かいる」 彼にそう言われ、私はそっと扉の隙間から外を覗くと、白衣を着た人達がぞろぞろと通り過ぎて行った。 「…行ったか。もしかしたら俺を探してるのかもしれない。研究所に知り合いが居るならお前は大丈夫だろ、いきなり連れ出してごめんな」 「ううん、色々と教えてくれてありがとう。 私、美鈴って言うの、もしまた会えたら…」 「あぁ、美鈴、またな」 彼は少し寂しそうに笑うと扉を開けて出て行ってしまった。 私も後に続くと聞き慣れた声が聞こえた。 「美鈴!」 振り向くと暁人さんが息を切らして私のところへ駆け寄ってきた。 「暁人さん」 「心配したよ美鈴!勝手に部屋を出ちゃダメじゃないか!」 暁人さんは私をぎゅっと抱き締めた。 「ご…ごめんなさい…」 こんなに焦った暁人さんを見たのは初めてだった。 「…あ、あのね、男の子が…」 「…会ったんだね、あの子に」 「…うん」 研究所を出るまで暁人さんは一言も話さなかった。 私は怒っているのかと思い、どうしたらいいのか分からなかった。 車に乗ると、藤原さんは大きくため息をついた。 「…ごめんなさい暁人さん、怒ってますか?」 私は慌てて謝った。 「…怒ってる」 暁人さんは車の天井を見上げたまま言った。 「ごめんなさいっ」 どうしよう、暁人さんを怒らせちゃった。 「……でも無事でホッとしてる」 「…え?」 暁人さんは車のエンジンを付けると研究所から出た。 暫く車を走らせると、ちょっとまっててと車を停め、どこかへ行ってしまった。 私は静かな車内であの男の子の事を考えていた。 ほんの数分で暁人さんは戻ってきた。 嗅ぎなれない匂いに、私は不思議に思った。 「…研究所で会った男の子と、何を話したの?」 暁人さんは下を向いたまま、私に尋ねた。 私は正直に話すべきかどうか迷った。 「男の子が、超能力者なんだって言ってて」 「うん」 「腕に書いてある番号を見せてもらって」 「他には?」 「…過去が見えるって」 「…美鈴の事、何か言ってた?」 私は首を横に振った。 「連れ出してごめんねって、それだけ」 私は嘘をついた。 私に超能力があると言われた事、誰かの心の声が聞こえた事は言わなかった。 「何も無いならそれでいい。だけど柳さんと言うあのお爺さんには、十分気をつけるんだよ」 不意に暁人さんは真面目な顔でそう言った。 「?…はい」 何となく私も、あのお爺さんは好きになれない気がした。 「…さて、帰ろうか」 いつもの笑顔を見せて暁人さんは再び車のエンジンをつけた。
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