見つめる先に

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「それにしても…なんかすごい騒々しくなってしまったな」  周りの話し声は、益々エスカレートしている。 「瑞希、こんなにうるさくて集中できるのか?」  野球の場合、観客の声は唸りにも似ていて一人一人の声は叫んでもほとんどわからないが、屋内では話し声まで結構ダイレクトに聞こえ、俺には精神的に堪えるものがあった。 「さあ、どうだろう。ここからじゃ吉野の様子見えないし……」  笑いを収めた藤木も、この二階席の盛り上がり方は異常だと感じているようだ。  そのほとんどが、終えたばかりの白熱した第六試合場についてのものだが、中には瑞希の容姿やさっきの転倒を騒ぎ立てる奴らもいるようで、軽い眩暈を覚えた。  こいつら皆わかっているんだろうか。  口ではけなしながらも、実は自分達自身が浮ついた心と欲望に満ちた目で瑞希を見ていたと暴露している事実を。  わかってないとしたら、瑞希以上に鈍い奴か、本物の大馬鹿野郎だ。  そう心の中で悪態をつき、こめかみに手をやり溜息を吐いたら、隣で藤木が本当に珍しくぷっと噴き出した。 「また、……何?」  本心から笑顔を見せた事にほっとしつつ、わざと睨むと、「別に」と答えて含み笑いをする。  彼の勘が異様にいいのを思い出した。    「もしかして……気付いてるのか?」  誘いをかけるように訊いてみると、「何の話?」と、あくまでも(とぼ)ける。  その態度で確信した俺は、また一つ息を吐き、シートに深く座り直して隣を見た。 「いつわかった? 俺、態度に出てたか?」  真剣に訊いて瞳を見つめ返事を待つと、藤木ももう隠さなかった。 「北斗の態度で気付いたんじゃないよ」  俺を見返し、あっさり口を割った。 「四月に吉野から北斗との関係を聞いて、そうかなって思ってただけ」  そう言って、今度は人の悪い笑みを浮かべる。 「はっきり知ったのは今日。たった今」  それを聞いて、ガクッと頭が下がった。 「何だよ、…止めろよな、意味深な態度取るの。深読みしすぎて墓穴掘っただろ」  ぼやきながら天井を仰いだその目の端に、野球部の連中の姿が飛び込んだ。 「あいつら、間に合ったんだ」  思わず身体を起こして呟くと、 「ん? どうかした?」  怪訝そうに藤木に聞かれた。 「いや、何でもない。それより……軽蔑しないのか?」  小さな声で問いかけてみる。  尊敬とか憧れならともかく、同性への恋愛感情は常識的にはもちろん、人間の本質からも明らかに逸脱しているし、嫌悪を感じる奴もいるだろう。  俺も頭ではわかっている。  すると、初め何の事かわからず、きょとんとした藤木が、「ああ」と手をポンと叩いて小さく頷いた。 「するわけないよ。だって北斗の大切な子だったんだろ?」  確認するように小首を傾げる。「死んだと思ってた時でもずっと忘れられなくて、誰の誘いも受けなかったのは皆が知ってる。その当人が生きてて、また出会えたんだ。まして吉野じゃ…さ。男でも恋愛感情持つの無理ないと思うよ」  そう言い、妙に嬉しそうに俺の顔を覗き込んだ。 「それにしても、北斗にこんな可愛い一面があったなんて」 「――『可愛い』。……一番縁遠い言葉だ」  もう一人、俺を真っ直ぐ見て、照れもせずに「かわいい」と言った、素朴な友人を思い出した。  俺の本心も、瑞希の事も一番よくわかっている、瑞希が育った田舎の大切な幼馴染。  半年前の冬――自分の中に瑞希への欲望を自覚したその夜、奥の間で枕を並べ、熟睡する瑞希を間に挟み、……気になっていただろう俺達の関係については一言も触れず、俺の頼むまま幼稚園から中学卒業までの瑞希の事を、夜が明け、外がほんのり白んでくるまで話し続けてくれた、俺達の一番のよき理解者。  そして目の前の藤木も、現在の瑞希にとっては大切な存在だ。 「―――俺、瑞希を愛してる」  隠しておきたくなくてはっきり告げると、俺を見返して「うん」と答えた藤木が、 「こんな所で僕相手に告白せず、直接本人に言えよ」  笑いをかみ殺し、しょうがない奴…と言いたげに、一階を顎でしゃくって肩を竦めた。  ……それができる相手なら、どんなによかったか。     そんな友人に、もう一つの本心を明かした。 「瑞希に言うつもりはないし、このままでいい。……このままがいいんだ」  打ち明ける気はないと明言すると、訝しむように俺を見つめ、「そう」と、短く返す。  それ以上追求しない藤木にほっとして、 「けど…ちょっと安心した」  と、本音が漏れた。  たった一人でも……隠し事の半分でも、はじめて西城の友達に胸の内を明かすことができ、張り詰めて切れそうだった心に僅かなゆとりが生まれ、自然に口を突いて出た言葉だった。  そんな心情を知るはずもなく、「え、何が?」と聞き返す友人に、さっぱりした気分で告げた。 「俺の態度でばれたんじゃなかったのと、知られたのが藤木だったって事」 「――だから……何で二人共そんなに僕を信用するわけ? 喘息持ちで運動も満足にできない、ただの本の虫だよ」  照れるわけでもなく、本気で不思議がる様子に、なんだか笑いが込み上げてきたが、それとは別に改めて訊かれると理由付けは難しく思えた。 「んー、そうだな……」  なんて言えばいいんだろう?   理屈じゃなくて勘みたいなものだし、瑞希に至っては『予感』なんて、自分と対極の言葉を引っ張り出していた。 「――あえて言うとしたら、瑞希達の試合見て涙を零す奴……だから、かな」 「………北斗、クサい」  ぼそりと告げられた、脈絡のない言葉。  けど、部活で汗をかいていた俺には十分心当たりがあった。 「え、そうか?」と肩口に顔を近づけ、くんくんとにおいを嗅いでみた。  自転車に乗せてくれた野球少年の事を思い出したんだ。  自分には不快じゃなかったけど、スポーツをしない奴にはそうじゃないかもしれない。 「シャワー浴びてきたんだけどな……」  自分ではわからなくて言い訳のように呟くと、 「それに、思いっきりボケてるし」  藤木が呆れたような声でぼやき、「似た者同士か」とクスッと笑った。
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