見つめる先に

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 藤木の気持ちはわかる。  相手は幼い頃から応援し続けてきた従兄弟だ。  自分の夢を体現してくれる、誰よりも大切な存在。  けど、瑞希はそういう心理的な面も受け止めた上で、正々堂々と戦ったと思いたい。  勝負の駆け引きならともかく、勝ち方の算段なんかあいつには似合わない。  瑞希の想いは竹刀を手にするだけで、心ある観客には十分伝わる。  想いに耽っていた俺の胸元でいきなり携帯が震えだし、相手を確認してこの手があったと苦笑した。 「もしもし、義父さん?」  雑音を遮断するように携帯を耳に押し当てて、探していた相手の声を確認すると、 『北斗か? 瑞希が……瑞希がな―――』  声が途切れ、ずずっと鼻を啜る音がした。  もしかして、泣いてるのか!?  そういえば結婚式の日にも、瑞希の身体の事で涙ぐんでいたと思い出し、宙を仰いだ。  ……意外に涙もろい人なんだよな。 「知ってる。優勝したんでしょ」 『何だ? もう友達から連絡入ってたのか?』 「じゃなくて、野球の試合終わって直行したんだ。今、この会場にいる」 『なんだって!?』  聞き返す声がひっくり返ってる。今ので涙も止まったみたいだ。 「えっと、正面……ステージに向かって右側の真ん中辺り、前から五列目」 『私の真向かいじゃないか、――ちょっと待ってろ』  何やらゴトゴトと音がするのを聞きながら、正面の二階席に目をやると、ワイシャツの袖を肘まで捲った腕が、左右に大きく振られている。 『今手を振ってるの、見えるか?』 「……よく見える。でも俺やらないよ」  というか、できないぞ。 『ハハ、北斗がこんな大勢の真ん中で、私に手を振り返すなんて思ってないよ』  明るい笑い声が耳元で響いた。 『その代わり今晩〝オアシス〟で優勝祝いさせてくれ、いいだろ?』 「俺はいいけど、肝心の瑞希がこれからどうなるかわからないよ」 『そうか、…そうだな、なら一応七時で予約入れておくから、瑞希に訊いてみてくれ、それくらいなら話もできるだろ?』 「自信ないけど…。ま、待ってみるよ。六時までにはどっちにしても連絡入れる」 『ああ、頼む。私は店に戻っているから』 「わかった。それと――頼み事、引き受けてくれてありがとう。忙しいのに無理言ってごめん」  携帯を耳に当てたまま頭を下げると、少し間を空けて返事が聞こえた。 『礼を言いたいのは私の方だ。連絡してくれて嬉しかった。久々に興奮して……感動したよ』  ―――胸に染み入る声。  瑞希を他人と思っていない、温かく、愛情に溢れた……。  その後で、『和美にも見せてやりたかったなあ…』とものすごく残念そうな声で付け足され、さり気なくのろけられた気がして知らず笑みが浮かんだ。 「義父さんの撮ってくれたビデオがあるだろ。今晩もう一度二人でゆっくり見れば?」  クスクス笑いながら言うと、携帯の向こうからも楽しそうな笑い声がした。 『そうだったな。だがその前に〝オアシス〟で再会できるのを楽しみにしてるよ』 「うん。会えたら瑞希も喜ぶよ」 『ああ、じゃあな』  短い挨拶をして携帯を閉じ、胸ポケットに戻していると、呼びかけが聞こえていたのか、「お父さん?」と藤木が尋ねる。  その問いに何のためらいもなく答えた。 「義理のな。ビデオ頼んだんだ、ここに来れないって思ってたから」  最初はお袋に、日曜日の予定を聞いていたはずだった。  仕事と言われ、諦めて電話を切りかけたら、何かを察した義父が強引に代わって事情を聞き、是非行きたいと申し出てくれたんだ。 「そう。いい義父さんみたいだね」 「――『いい義父(ちち)』というより、魅力的な人間(ひと)だ」 「なるほどね、だから北斗も付き合い易いんだ」 「そういう事。人生の先輩みたいな感じかな。『親』を前に出さないから楽に居られるし、父親って意識しないで済む。だから逆に『義父さん』と呼べる気がする。……あの人の傍は居心地がいいんだ」 「だけど、吉野の所にいるんだね?」  何気なくそう言われ、「ああ」と、自然に答えていた。 「瑞希の傍にいると………」  言いかけて、唐突に気付いた。  秘密を抱えてしまった苦しさのあまり、俺は自分の意思で瑞希の傍にいる、という当たり前の事を忘れていた。  瑞希と共に過ごす時、自分の中にある悩みや苦しみ、切なさ……そんなマイナスの感情すら、愛おしく思えるというのに。  幼馴染の友人としてでも、一番近くで一緒にいられる。  それはやはり何ものにも替え難い、俺の唯一の幸福な時間だ。  けど、それを口にする気にはならなかった。 「――俺の事より藤木は? これからどうするんだ? 一緒に帰るか?」 「んー、そうしたいのは山々だけど、やっぱり透が気になるから。できたら久しぶりに少し話もしたいし」  気分を害した風もなく、変えた話題に移って答える。  こいつも間違いなく居心地のいい相手だ。 「なら、この式の後、解散だな」  防具を外し、授賞式に並びはじめた選手を見下ろして言うと、 「僕、このまま洸陽の方へ行ってみるから、吉野に『おめでとう』って伝えといて」  簡単そうで難しい伝言を頼まれた。 「………話ができる状態になれば、な」  軽く溜息を吐くと、言いたい事を察した藤木が「そうだね」と、ゆっくり頷いた。
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