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再会
授賞式の余韻に浸りつつも、一斉に席を立ち、帰り始めた人達に習い、シートから立ち上がりかけたところで、
「ありがとう、北斗」
と、礼を言われ、中腰のまま隣に目を遣った。
「は? 何が?」
「一緒に見てくれて。一人だったら…やっぱりちょっと落ち込んでたかも」
照れ臭そうに言う藤木の頭を、軽く小突いた。
「当たり前だろ、ずっと見続けてきたんだ。あんまり意地張るな」
「――意地なんて……張ってないけど、羨ましくは思ってた」
周りのざわめきに掻き消されそうな小さな声ではあったが、俺が瑞希への想いを伝えたせいか正直な心の内を明かされ、知らず笑みが零れた。
「藤木さんが強いのはお前がいるからだ、俺にはわかる。もっと自分に自信持てよ」
とは言ってみたものの、身体への負い目で自信が持てないのは瑞希も同じだ。
今日の優勝で少しは変わるかもしれないけど、あの性格じゃ大して期待できそうにない。
密かに溜息を吐いて、元気付ける為に藤木の肩をぽんと叩いてやると、彼も立ち上がり藤木さんの元へと歩き出す。
その後ろ姿を見送り、一番上の通路に向かうと、西城剣道部の三年が目の前を横切っていた。
俺を見つけ、「あれ?」と不思議そうな顔で通り過ぎる先輩達に軽く頭を下げ、本城達が来るのを待って声を掛けた。
「おめでと。いい試合だったな」
並んで歩きながら手を差し出すと、目を赤く染めた本城が嬉しそうに笑い、「うん」と頷いて、
「やっぱり吉野は凄いよ」
と、俺の手を力強く握り返した。
「この後どうなる? あいつと話できるか?」
尋ねた俺を見返して首を傾げ、
「さあ、…少し時間かかるかもしれないけど、例年だと監督の話聞いて片付けとかして、その後で解散になると思うから」
この後の予定を大まかに教えてくれる。
「北斗は? 時間あるなら、待っててくれたら一緒に帰れると思うよ。個人優勝は初めてだから、絶対とは言えないけど」
「なら待ってみる。他の連中もまだいるかもしれないし」
目でさっきまで奴らのいた場所を示すと、本城が噴き出した。
「剣道の授賞式でスタンディングオべーションって初めてだよ。でも、僕達も最高の気分味わえた。本当にありがとうって、山崎や後輩の子達にも伝えといてくれる?」
「ああ、伝えとく」
俺もつられて笑いながら、待ち合わせ場所を考えた。
「えっと、そうだな……外階段の下の辺りで待ってる。もし無理そうだったら携帯に℡、入れてくれるか?」
「ん、わかった。じゃ、また後でね」
内階段を利用する本城達と別れ、足早に二階のホールに向かい、人の流れに押されながら靴をつっかけ、袋をさっきのダンボール箱に放り込んで外に出ると、日はまだ高く、西の空に太陽が燦然と輝いていた。
屋外の眩しさに目を細め、靴を履き直して階下へ下りる途中で、野球部の面々がたむろしているのを見つけた。
武道館の裏手に続く小道の手前に、記念樹が植樹してあり、その下にベンチが数脚置かれている、よく見かける光景。
夕方とはいえ初夏の日差しが生い茂る広葉樹に降り注ぎ、涼しげな木陰ができている。
日差しの遮られた一脚のベンチに同級生が座り、前の木陰に数人の一年生が立って、何やら楽しげに話をしていた。
「山崎! 悪い、待っててくれたのか?」
駆け寄りながら声を掛けると、一番端に腰掛けた山崎も同時に気付いて手を上げた。
「首尾を聞くまでは帰れるわけないだろ。な、駿」
瑞希と同郷の駿を見上げ、当然とばかり言ってのける。
苦笑する俺に、
「どうやら間に合ったみたいだな」
いつものごとくにやりと笑うが、俺は謝るしかない。
「準決勝から見えた。けど直接には会えなかった。悪かったな」
「そっか、…残念だったな。お前じゃなくて吉野が」
「は? なんで瑞希なんだ?」
瑞希には行けない事をちゃんと伝え、あいつも了解してくれた。
今更関係ないだろう、そう思い目で問いかけると、
「実は…さ、金曜の朝、あいつのとこ行ったら滅茶苦茶落ち込んでて、さり気なく探ってみたら、どうやらその原因が俺達の練習試合にあったんだ。特に北斗が吉野の試合、見にいけない事が」
後半は俺にだけ聞こえるように、声を落とす。
が、それほど落ち込んだ様子は木曜の夜以来見せてなかったんで、正直驚いた。
金曜日の夜はいつも通りだったし、土曜の夜、団体戦の結果を教えてくれた時は、自分の事のように喜んで、暗い表情なんか一度もしなかった。
「――何でそんな事……あいつが何か言ったのか?」
「言わないから探ったんだろ」
「鈍い奴」と言いたげに上目遣いに睨んで、俺の左腕を引っ張ってしゃがませると、自分もベンチに横向きに座りなおした。
「初めに『皆で応援に行く』って言ってたから、よけいショック受けたみたいで……俺にも一回だけ、『日曜日、雨降らないかな』なんて言うもんだから、いじらしいっていうか責任感じちゃってさ」
俺達が幼馴染だと知っている山崎が皆に背を向け教えたのは、多分…俺にだけ隠していた瑞希の本心で、こいつらが俺を最優先で武道館に行かせてくれた本当の理由を、この時初めて知った。
と同時に、田舎の温泉で瑞希を抱え上げた時以上の、自責の念にかられた。
自分の迂闊さに……気付かれないように必死に堪えていた瑞希の心の内を想うと、今更ながら堪らなくなった。
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