再会

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 それにしても、その今日の練習試合に何の意味があったのか、こっちは未だに納得できない。  駿の安定した、だけど全然本気の力を出していない投球にも関わらず、五回コールドで終ってしまったからだ。  一体何の為の…誰の為の試合だったのか……。  眉間にしわを寄せた監督の顔は俺達に向けられたものじゃないし、首を捻りながら帰っていった相手校の選手達や監督にも少しは同情するけど、その為に大切な試合を控えていた瑞希にあんな顔をさせてしまったのかと思うと、二重にやり切れなかった。    ―――違う。  去年、いや…今年の三月までなら、こんなに圧勝してしまえる相手ではなかった。  全力投球しなくても、やっぱり駿の力なんだ。  初めて河原で見た球は、制服で投げたにも関わらず、140キロは出ていたと言い切れるほどの豪速球で、今日もてっきり三振を取りに行くものと思っていたのに。  しゃがんでいるのが辛くなり、膝を伸ばすように立ち上がって、目の前で久住と何やら話し込んでいる駿を、密かに盗み見た。  二人、クラスは違うはずなのに気が合うのか、最近はほとんど一緒にいる。  来年には山崎の後をしっかり継いでくれそうな久住を、誰よりも頼もしく思い、安心して彼らを眺めていると、 「それにしても北斗、ついてないよな」  出し抜けに思いもしない事を山崎に言われ、何の話か理解できず、怪訝な思いで幼馴染を見下ろした。 「ついてないって…どうしてだ?」  瑞希の想いは別にして、自分ではあいつの試合…特に藤木さんとの準決勝を見る事ができて、すごく幸運だったと思っている。  それに、爽やかな野球少年にも助けられた。  それも思い出し、後で彼の事を話そうと思ったのに、 「だってさー、吉野、俺達には決勝前に気付いたもん、な?」  渡辺達に「ラッキーだったよな」と、目配せして楽しそうに笑う山崎を前に、そんな気分も吹き飛んでしまった。 「何で? そんな素振りしてたのか?」 「そう。俺達見てびっくりしてた」  どことなく自慢げに瑞希の様子を教えられた。 「すぐ他所へ顔向けてたから、他にも誰か来てないか探してたんだろ」  松谷が横から口を挟む。「決勝前、休憩中の吉野は俺達から丸見えだったんだ。面外して休んでたから、表情もわりとはっきりわかったし」  その言葉に、瀬戸や橋本達、一年もこくこくと頷いた。 「よく見えたよ。なんだかじっとして瞑想してたみたいだったのを、近くにいた先輩かな? 俺達を指差して教えたように見えたけど」  リトルの時チームメートだった瀬戸の説明で、俺と瑞希の位置関係に気付き、一応納得して頷いた、が。 「――そうか、あいつ、俺のいた場所のほんとに真下辺りにいたのか?」 「そういう事。でもさ、試合はそっちからのが断然よく見えただろうな」  山崎が珍しくフォローするが……はっきり言って、全然嬉しくない。  一番に会場に送り出された俺は、今回も瑞希に存在すら気付いてもらえず、後から来た山崎達は、試合はもちろん休憩中の表情まで見えていたなんて、どう考えても理不尽だ。     なんか悔しい。すごく損した気分だ。  でもそんな事、こいつらには絶対悟らせない。 「なんだ、先に本城達に目がいって右側に入ったからな。藤木もいたし」 「あ、そう言えば聡は? 一緒じゃないのか?」 「藤木さんのところに行ってみるって、上で別れた」 「そっか。ま、当然だろうな」  根本的にあまり物事に頓着しない山崎が、わかりきっていたように頷く。  二階から下りてくる人はまばらになり、高校生を乗せた遠方からのバスも、次々に引き上げ、残ったのは洸陽と常盤、それに桜華の三台。  準決勝以上に残った学校のものだ。  その中で西城だけが、電車での移動圏内だった。  おそらく、当人達は今頃、本城の教えてくれた予定以外に、明日のスポーツ紙に載せるインタビューを受けているんだろう。 「で、北斗は? どうする? もう帰るのか?」  俺と同じく、次々と帰途につく人の波を見送っていた山崎に見上げられ、試合後に本城と交わした約束を口にした。 「いや、本城が『待てるなら一緒に帰れると思うから、待ってて』って。無理そうなら℡くれることになってる」  それを聞き、「ホントか?」と、嬉しそうに目を瞠り、 「なら、俺も付き合う!」  威勢よく答えた山崎が「お前らは?」と、他の同級生や目の前の一年にも尋ねる。  すると、全員が揃って「待つ」と言う。  ためらいのないその返事に、少し心配になった。 「本当にいいのか? 空振りの確率のが高いんだぞ」  本城も「絶対とは言えない」と言ってたくらいだし、俺達自身、同じ事を経験してからまだ二年経っていない。 それに夏至が近いせいで外は明るいが、西城に着くのは早くても六時過ぎるだろうから、完璧に一日潰れてしまう。そう思って再度確認すると、 「その時は成先輩も帰るんでしょう? なら付き合います」  久住にそう言い切られ、今日は俺に最後まで付き合う気でいるらしいと察し、軽く頷いて「悪いな」と謝った。  ここにいる皆――駿以外は一昨年の夏、西城中学野球部が県大会で優勝した時のメンバーだ。  あの時は、たかが中学の夏季総体にもかかわらず、マイクを向けてきたレポーターに面食らい、翌日の朝には唖然としてしまった。  地元のスポーツ紙とはいえ、真ん中辺りを二面使って、俺達のそれまでの試合結果や、前日の決勝戦の内容が写真入りでデカデカと載っていたからだ。  そのせいで俺や幸子さんは―――    優勝した時の周りの騒々しさと、明日のスポーツ紙の事を思い、げんなりした気分で瑞希の代わりにナーバスになりかけていると、 「なんで謝るんすか? 成先輩のおかげですごい試合見えたのに」  なんっにも考えてないような渡辺が、興奮気味に参入してきた。 「それにしても吉野先輩、ホントかっこよかったー。マジ、性別関係なく惚れちゃいそうっすよね」  あっけらかんとした正直すぎる感想に、 「俺は授賞式だな」  隣から、渡辺と仲のいい高木が口を挟んだ。 「防具外したら別人だもんな。俺達にはそっちの方が見慣れてるけど、『え? ほんとにあの人?』って、いきなりビデオ画面ズームにしてた現金な(やつ)もいたし」  しかも二、三人とかのレベルじゃなかったよな? と、面白そうに渡辺に言ったのを皮切りに、瑞希の話で一頻(ひとしき)り盛り上がりを見せた。
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