再会

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「あんなに強いって知らなかったから今まで平気で話してたけど、もし一緒に帰れても気軽に(しゃべ)っちゃいけないような気がしてきた…ってか何話せばいいかわかんない! だって竹刀持ったらこの県で一番強いんすよ?」   先輩にさえ物怖じした事のない天真爛漫な渡辺の意外な一言に、松谷が意地悪く追い討ちをかける。 「ば~か克実(かつみ)、全国だって五本の指に入るんだよ」  わざとらしく呆れたように教えたその言葉で、俺も思い出した。  理屈で言えば紛れもない事実だ。  去年藤木さんが全国ベスト16、でも他はみんな三年生だった。  今年も全国に行っていたら、間違いなくベスト8には入るだろう。  そんな人に勝ったんだ。渡辺じゃないが、今更ながら瑞希の凄さを実感してきた。  一緒に帰れなくて当然か。  そう思い、諦めかけて気が付いた。 「そういえばお前ら、えらく早かったけど、いつこっちに着いたんだ?」  決勝戦の前に姿を確認して、最終戦に間に合ったのは知っているが、来たところは見なかったから気になっていた。  するとその問いに、どういうわけか皆の視線が山崎に集まった。  俺もつられて見下ろすと、山崎がニヤッと笑って‐何か仕組んだ顔だ‐目の前でピースをして見せた。 「監督が途中まで乗せてくれたんだ。家がこっち方面だったの思い出してさ、車もでかいのに乗ってるし、けど定員オーバーでこのメンバーだけになった」  ……それでも九人いるぞ。確実に違反してるんじゃないのか?   その疑問に答えたわけではないのだろうが、関が「よく言う!」と呆れ声を上げた。 「お前が監督脅したんだろ。吉野の試合間に合わなかったら今後練習ボイコットするって、俺らまで巻き込んでさ! いつの間にか俺達、デモ隊みたくなってたんだからな」 「まあまあ、細かい事は気にすんな。元はと言えば、急に試合組んだ監督が悪い」  俺だってすごく楽しみにしてたんだ、と独り言のように文句を言う山崎を見て、監督に同情したくなった。  山崎流の仕返し―駅までの足にされた―って事だ。 「マリンライナーはパスか。どおりであんなに早く来れた訳だ。車だったらマリンパークから湾岸線のバイパスが利用できるもんな」  同級生ではなく一番信用できる久住を見ると、山崎の図太さを改めて認識したんだろう、苦笑を漏らして頷いた。 「そうですね、時間は見ませんでしたけど、準決勝の途中には着けたようです」  到着してすぐの会場の様子を思い出すように、武道館の二階に目を遣った。 「ホールに上がってコートをちらっと見ただけで、駿が『瑞希先輩だ!』って叫ぶから、どこだ!?って、みんな通路を慌てて走って、その辺にいた人達に睨まれましたよ」  その割に淡々と説明しているが、確かにこんな団体お断りだろう。  しかも一番いい試合だったのに、こいつらに圧されて場所の移動を余儀なくされた観客もいたに違いない。  不本意そうな人達の顔を想像し、苦笑いしていると、 「――延長戦からは、みんな落ち着いて見えました」  さり気なく、けど明らかに含みを持たせて久住が付け加えた。 「―――――」  返事をし損ない、久住と隣の駿を、続けてベンチに腰を下ろす面々に視線を移すと……  見返す瞳が、からかうネタを思い出したように面白そうに細められている。  しかし、 「……参ったよな」  松谷が白々しく、ぼそっと零した。 「俺らの前の方も騒然としてたぞ、北斗が叫ぶ前」 「俺? 何か言ったか?」  惚けて答えてみたものの、説得力はまるでない。 「成先輩、それ無理っす。このメンバー毎日先輩の怒鳴り声聞いてんですから、僕達には誰の声か、すぐわかっちゃいますよ」  クスクス笑い手を振って否定する渡辺を、じろっと睨みつけた。 「……『怒鳴り声』ってなんだ、そんなに喚いてないぞ、山崎じゃあるまいし」 「あ、そっか、失言。ミスを指摘する簡単明瞭な声」 「渡辺、全っ然フォローになってない」  溜息を吐いて肩を落とすと、山崎がニヤニヤ笑いながらも詰めて出来たベンチの端のスペースに「座れ」と手で招く。  誘われるまま腰を下ろし、からかう後輩を憮然として見上げた。 「……お前ら、俺を苛めて楽しいか?」 「すっごく楽しい! 先輩があんなに動揺して叫んだとこ、初めて見たんだもん」  間髪入れず答えた渡辺の返事に、明るい笑い声が弾けた。  これも瑞希効果なのか、駿が声を上げて笑った。  野球部員だけの中で、心から楽しそうに笑う駿を初めて見た俺は、一瞬呆気に取られた。  今まで瑞希の前でしか見せた事のない笑顔。  後輩達も同じ思いだったらしく、皆の視線に気付いた駿は早々に笑いを引っ込めてしまったが、その笑い声は今日の天気にも似て、梅雨の合間の晴れ渡った青空のように俺達の心に深く染み込んだ。  入部から二ヵ月、俺達の待ち望んでいたものだった。 「駿がそんなに笑ったの、初めて見た」 久住まで、これもかなり珍しいことだが、いつもなら――他の奴なら肘で(つつ)いて止めさせた筈なのに、つられて笑顔を見せる。  その言葉に駿が恥らうように、 「すみません。俺…今、西城に来てよかったなって思って、なんだか嬉しくて」  そう言って謝った。「瑞希先輩の変わらない勇姿が見えたことも……もう二度と見られないって、諦めてたから……」  いつもの控えめな彼に戻り、俯きがちに話すのを聞いて他の後輩達が嬉しそうな表情(かお)で「わかるわかる」と相槌を打つ。  ただ一人、山崎だけは、 「おう、俺もびっくりだぜ。吉野があそこまで強いなんて全然聞いてなかったもんな」  明らかに俺に向け、非難めいた口調で文句を言うが、別にわざと黙っていたわけじゃない。 「俺も知らなかったんだ。剣道の正式な試合を見たのも、実は今回が初めてだ」  本当の事をありのまま告げ、さっきの試合を思い返して、 「『手に汗握る』というのを身をもって体験した気がする」  と言うと、松谷が「だな」と頷いた。 「声が出せない分、力がこもるよな」  言外に「なあ、北斗?」と揶揄するようなニュアンスを込め、横から身を乗り出して俺の顔を覗き込む。  本当に喰えない奴だ。  だけど、こいつらは藤木とは違う。  俺から打ち明けたりなんて絶対しないし、松谷達も俺が瑞希に恋愛感情を持っているなど、夢にも思ってやしない。  ただ面白がっているだけ。  咳払い一つでこの話は終り、 「それにしても、やっぱり外は暑いな」  太陽の大分傾いた西の空を見て話を逸らしたら、山崎が即食いついた。 「そういや俺、さっきから喉からから」  根が単純なこいつらの意識は、早々に脱水症状の心配へと移っていった。  そういう俺も、夢中になって応援していたのと、優勝の興奮とで気付かなかったけど、山崎の台詞で一気に喉の渇きを覚えた。  何だかんだ言いつつ、俺もこいつらの仲間だった。 「なら、何か買ってきましょうか?」  ごく自然に気を回し、「まだ電話もないし、それくらいの時間ありますよね」  振り返り、建物を示す久住に、山崎が遠慮の欠片もなく、 「そっか? じゃあ適当なスポーツドリンク頼む」  気持ち悪いくらい満面の笑顔で、「持つべきものは、気の利く後輩だな」  などと言いながら、ポケットから小銭を取り出した。  便乗する俺も、いつもなら『コーヒー』と言うところだが、今は逆にさっぱりしたものが欲しい気分だった。 「俺も頼む。できればコーヒー以外で」 「珍しいですね。なら山崎先輩と一緒でいいですか?」  確認する久住に頷いて硬貨を渡すと、他の二年生も次々に自分の好みを声高に主張する。  結局、一年の六人全員が買いに行く羽目になった。  
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