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連れだって二階へ上る階段の前を横切り、一階玄関の方へ消えていく後輩の後姿を見送っていると、入れ違いに、広くゆったりとしたアプローチの石段を、大会関係者が大きな荷物を持って下りて来た。
どうやら最後の集団が解散したらしい。
常盤に続いて桜華、最後に洸陽の生徒が出てきた。
その中に藤木さんの姿を捜してみたが見当たらず、当然藤木もいなかった。
今朝、瑞希が持って行った物と同じような防具バッグを肩に掛け、竹刀袋を手にした選手達が、短期間のインターハイ会場に別れを告げる為か石段を下りきった所で振り向いて頭を下げ、足早に自分の高校のバスに乗り込んでいく。
こういうところは俺達と同じだ。
プレーしたグラウンドを去る時、やはり自然に頭を下げる。
そういうのも先輩達から受け継いだ伝統みたいなものなのだろうか……
そんな事を考えていると、手に二本ずつ缶を持った渡辺達が帰ってきた。
「成先輩、これでいいですか?」
「ああ、サンキュ」
久住が差し出した缶を、礼を言って受け取り、早速プルタブを起こしていると、
「なんか一斉に帰り始めましたね。もうそろそろですか?」
駐車場から出て行くバスを目で追いながら尋ねられ、「多分な」と頷いて、一口飲んだところで、西城の見慣れた制服が目に留まり、心臓が急に忙しくなった。
「お、出てきたみたいだな」
アプローチを横目にジュースをがぶ飲みしていた山崎が、缶に口を付けたまま誰へともなく言う。
石段は下りず、後輩が通ったばかりの、外階段への通路を歩いてくる四人の中に、瑞希を見つけた。
半分諦めていたのに、こんなに早く直接会って話ができると思うと自然と笑みが浮かんでくる。
松谷が「吉野!」と声を掛け、その呼び声に応えるように瑞希が顔を向けた。
俺達に気付いたのか、十人程の野球部のメンバーに視線を巡らせる。
と、俺のところでぴたっと止まった瞳が見開かれ、何故か……一瞬泣きそうな顔になり―――
その足が、ためらうことなく地面を蹴った。
「北斗!」
俺の名を呼び走って来る瑞希に、全身が高揚し、熱く…甘く痺れる。
迎える為に立ち上がり、缶を持った手を乾杯するように掲げかけると、子供の頃と少しも変わらない笑顔で、駆けてきた勢いのまま胸に飛び込んできた!
「うわっ!?」
まだほとんど一杯だった中身が衝撃で派手に飛び散り、俺達の上に降り注ぐ。
「瑞希! お前、馬鹿……」
言いかけた俺の耳元に、涼やかな声が聞こえた。
「やっと見つけた」
俺がいた事、気付いてたのか……。
瑞希の身体を抱き留めた片腕に、力がこもる。
幼い日を彷彿とさせる瑞希の表情や態度が、俺の中のわだかまりも何もかもを、綺麗に洗い流し、昇華させてしまった。
「来てくれてありがと、北斗」
届いたのは、どこまでも瑞希らしい、真っ直ぐな言葉だった。
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