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乗り換えの駅が近付いた車内に、あの日と同じアナウンスが流れる。
下車するのは高見の駅を通り過ぎて三つ目。
父の会社を訪ねて以来、もう利用する事はないと思っていたのに、数時間前、瑞希が防具バッグを担いで通ったルートを追いかけて、この駅で降りる偶然に笑ってしまう。
しかも、あの日と同じくまた手ぶらだ。
普通なら俺もスポーツバッグの一つも持っているところだが、今身に付けているのは定期の入った財布と、キーホルダーの外された家の鍵だけ。
野球に使った用具もユニフォームも、バイト先のインストラクター専用ロッカーに突っ込んできた。
西城では一般生徒の他の部への応援や、他校へ練習に行く場合は制服着用が校則に記されている。
その為、今朝も夏の制服―半袖のワイシャツにネクタイで、マリンパークのスタジアムに来ていた。
午前中は軽めに流し、昼食を挟んで、午後一時から始まった練習試合終了後、山崎や、俺が野球部へ復帰できた事情を知る結城キャプテンの厚意で、隣接する更衣室兼シャワールームに一足先に入り、汚れを洗い流して再び制服に着替え、すぐに駅へと向かった。
車両のドアが開くのももどかしく、降りると同時にまた走り出す。
連絡道の人ごみを縫うように走り、乗り換えの電車、銀色の車体を探したけど、ホームにはまだ入っていない。
電光掲示板を見上げると、次は急行で到着時刻は14:48となっていた。
隣のデジタル時計は14:43。
今度は駅員に睨まれなくて済みそうだ。
ほっと息を吐いて、だけどそのわずか五分足らずの待ち時間が、今度は異様に長く感じられた。
瑞希はどうしているだろう、全力を出せているだろうか?
様子を聞いてみようかとズボンの後ポケットから携帯を取り出し、藤木に繋ぎかけて、ためらい……止めた。
試合中だと観戦の邪魔になる。
それに……瑞希の試合が終っていたら、武道館に行く口実がなくなってしまう。
勝ち上がっていればいい、けど一番大切な奴だから、敗れた時こそ傍にいてやりたい。
本音を言えば、そのささやかな願いの為だけに、今 俺はここにいる。
まもなく、車体に午後の太陽の光を反射させ轟音と共に電車が入ってきた。
日曜日の昼間とあって、乗客は家族連れが大半だった。
両側に向かい合った席の、出入り口を挟んで三人掛けの狭い座席の端に腰を下ろした。
急行だと三十分程で武道館近くの駅に着くはずだ。
一週間前、瑞希から聞いた会場までの交通手段。
駅からは徒歩二十分、走ったら十分くらいで行けるだろうかと頭の中で計算してみるが、たとえ会場に着いても瑞希にそれを知らせる術はない。
それでも、野球部の皆と駿が作ってくれた折角のチャンスを無駄にしたくなかった。
ただの自己満足かもしれない。
運良く瑞希が気付いて話が出来たとしても、試合が終り解散してからになるだろう。
それでもいい、同じ車両で後姿を見つめていた時は、俺の存在すらあいつの視界の中になかったんだから。
心地よい車体の振動に身を任せながら、また一年前の春を思い出していた。
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