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父に別れを告げ、その足で西城高校の入学式に向かった俺は、自分で決めた決別にもかかわらず、無性に淋しくて―――
一人、俯き加減に座席に座り、電車に揺られながら、孤独感が押し寄せるのを必死に堪えていた。
電車がホームに止まる度、俺と同じ新入生が保護者と一緒にぱらぱらと車内に入ってくる。そのほとんどが見覚えのある顔だ。
そんな中、高見の駅で一度も見た事のない奴が、俺と同じブレザーに身を包み、たった一人で乗ってきた。
その瞬間、爽やかな風が車両の中を吹き抜けた気がした。
もちろん気のせいだとわかっている。
けど、そいつのまとう雰囲気と、清涼感溢れた容姿、特に『清冷』とでもいうのか、切れ長の涼しげな目元が、全体的にクールな印象を強め、そんな錯覚を起こさせていた。
思わず引き込まれ、見入ってしまってはっとした。
あれが皆の噂していた「吉野瑞希」だと気付いたからだ。
確かに、これなら一目瞭然だ。
だけどそんな事は知る由もなく、すぐに窓の外へ顔を向けてしまった彼に、少なからず落胆した。
様子を伺うと、何故か一心に窓の外を見つめている。
その斜め後姿を、俺も座席に座って同じに見つめ続けた。
もう一度顔を見たい。
その願いは、西城高校の駅に着いても叶わなかった。
ドアが開き、改札口に向かって真っ直ぐ歩き出す後姿にさえ気高さを感じ、何か……迂闊に声を掛ける事を許さない、そんな空気が読み取れた。
ところがその夜。
山崎からかかってきた一本の電話に、俺の第一印象はあっさりと覆されてしまった。
『いやぁ、俺もびっくりしちゃってさぁ』
噂の吉野と同じクラスになったのが嬉しいのか、楽しそうに話す幼馴染の声に軽い嫉妬を覚え、慌てて打ち消し冷静さを装って先を促した。
「何かあったのか?」
『それが、あ! ……言ってもいいのかな?』
小さく声を上げ、珍しく遠慮気味に尋ねる山崎に、「何を?」と聞き返した。
『新入生代表の挨拶』
「ん? ああ、何で? 藤木がどうかしたのか?」
『会場がざわついただろ、お前のせいで』
「……何で俺のせいなんだ?」
代表の挨拶を断った事なんか、まして俺の代わりは学年主席の藤木だ。
いくら山崎の情報収集が優秀でも、春休み中の出来事となれば知りようがないと高を括り白を切ると、耳元でチッチッと舌を鳴らす音が聞こえた。
『北斗、白々しい。ま、いいけど』
大ざっぱな彼らしく、深く追求せずに続きを教えてくれた。
『あの後、クラスに帰ってから訊かれたんだ。式の途中、何であんなに騒がしくなったのか』
「吉野が? 声かけてきたのか?」
『そう。いきなりだったんで他の奴ら怯んじまって俺に救い求めてさ。俺の席、吉野の前じゃん。で、振り向いて説明してやったんだけど』
「説明……」
『そういや、話の流れでお前の事も色々と……』
「何だって?」
心臓の鼓動が早くなった。
『悪い! けどあの目にじっと見つめられたら―――あー、何か妙な気分になって、いつの間にか全部話しちまってさぁ、ほんと悪かった。反省してる』
電話の向こうで、手を合わせる姿が想像できる。
ハァ…と深い溜息を零し、低く告げた。
「今回だけだぞ」
『ラジャ!』
今度は姿勢を正し、敬礼しているんだろう。あいつはそういう奴だ。
軽く笑って「じゃあな」と声を掛け携帯を枕元に置きながら、「吉野瑞希」に対する興味が一気に膨らんでいくのを感じていた。
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