ホルマリンに浸されて

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 愛した人は妻帯者だった。  事実を告げられた時の感覚は今でも覚えている。  雪が深々と降りしきる真夜中の、外灯に照らされているだけの薄暗く真っ白な世界。そんな場所に独り、取り残された気分だった。  頭が真っ白になりながらも話をよく聞くと、奥さんとの関係は上手くいってないらしく、離婚を考えているとのことだった。  私との将来をきちんと考えている上で、絶対に奥さんとは別れると。だから、このまま関係を続けて欲しい、許されない関係だとしてもそれまで待っていて欲しいとあの人は言った。  それまでの私の人生を振り返ってみると、生まれてこの方、学生時代に染髪をしたりスカート丈を短くするといった校則違反をしたこともなければ、自転車の二人乗りすらしたことがなく、ずっと生真面目に生きてきた。  そんな私に不倫など、到底出来るわけがなかった。  あの人が言った「愛があればどんな障害も乗り越えられるよ」という言葉は、一緒に乗り越えようとしない私が、まるで悪者であるかのように錯覚させた。  それでも私はあの人と離れることを選んだ。    しばらくの間は何も手がつかない程、悩み落ち込んだ。  好きな音楽も毎週楽しみにしていたテレビドラマも観る気になれず、ただ部屋で毎日時計の針の音を聞いて過ごしていた。  そんな時、幼馴染の親友が言った一言を、私は今でも時折思い出す。  「運命ならきっとまた出逢えるよ」  彼女は抜け殻のようになった私を、優しく穏やかに慰めるようにそう言った。  けれど私は薄々気づいていた。  二人の間には運命など存在しないことを。  別れを選択したら、もう二度とあの人と会うことすらないということを。  それでも私はあの時選んだこたえを後悔したことはない。  その代わりに、あの日からずっと私は待ちわびているのだ。  私の中からあの人を消し去ってくれる誰かを。  明日の男性は、あの人を消し去ってくれるだろうか。
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