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ある日の仕事中、ソシャゲをしながら時間を持て余していると、チリンと来客を知らせる音がした。
喫茶店の方ではない。こちらの、つまりは『地下室』への来客を知らせる合図だ。
ゲームをしていたからといって決してサボっていたとかそういう訳ではなくて…。
ただちょっと休憩に入るには早いし、少し時間があったというか、何と言うか…。
とにかくすぐに来るであろう、悩めるお客さんのお話に俺は今日も耳を傾ける。
それがどんな内容の話であろうとも。
…やっぱ物欲センサーとかのせいで目当てのカード来ないのかなぁ。
いや集中集中。
木の板を踏む足音とともに、ゆっくりと部屋へ近づいてくる気配がした。
そうして部屋に入ってきたお客さんは椅子に座ると暫しの間を置いて、話し始めた。
「………あの」
「はい」
「おれ、人には言えない秘密があって」
「はい」
「本当の本当に…今まで誰にも言ったことの無い秘密なんですけど」
「ええ」
「おれ…おれ、実は…」
「…はい」
実は…何だろう。
今までのよくある話から推測すると、「実は恋人がいるのに浮気してるんです」とか、「親友の恋人を好きになってしまったんです」とかか?
ここではそういった恋愛系の話が圧倒的に多いけど…。それともまさかのまさか予想の斜め上を行ってどこかの国のスパイなんですとか?
次の言葉が繰り出される数秒の間に俺はありとあらゆる可能性を考えた。そして構える。
どんな打ち明け話をされようとも、動じず、臆せず、冷静に相手の求める返事をするんだ。
そうして必要とあらばアドバイスめいたこともする。それが俺の仕事だ。
だが次にそのお客さんが発した一言は、そういった俺の予想や覚悟の斜め上どころかとんでもない方向をいっていた。
「実はおれ、超能力者なんです」
「……………そうなんですか」
ここには本当に色々な人が来る。
主婦や学生、サラリーマンに大物政治家の秘書…そして遂には超能力者まで。
「こんなこと誰にも信じてもらえないだろうし、言ったって何にもならないって分かってたんだけど…それでもやっぱり誰かに言いたくて」
「そういう方たくさんいらっしゃいますよ。大丈夫です」
「他にも超能力者がいるってことですか!?」
「い、いえ…。皆さんそれぞれの秘密を持っていらっしゃいますし、ここはそういったものを吐き出す場ですので」
「そうですか…ですよね」
本当に、色んな人がいるんだよなぁ…。
今日のお客さんはこの人だけだった。自称「超能力者」の、恐らくは若い男性だ。
変声機は使わないらしいので、彼本来の声が衝立越しに俺の耳に届く。
彼の姿はぼんやりとした影しか見えなかったが、艶のある若々しい声は耳に心地好く、俺とそう変わらない年齢に思えた。
それにしてもそっか。超能力者かぁ…。
今まで色んな人の、本当に色んな話を聞いてきたけれど、このパターンは初めてだ。
こんな人もいるんだな。俺はまだまだ浅はかだったようだ。
「驚かれないんですね」
「いや、結構驚いていますよ」
驚いているというか、実感が湧かないというか、どう受け止めればいいか図りかねているというか…。
暫しの間を置いて、彼が徐に口を開いた。俺がいくら動揺していようが、会話のキャッチボールは続いているのだ。
「超能力で何が出来るのかとか、訊かないんですか」
「えぇっと、訊いてもよろしいんですか?」
「もちろん。おれは話したくて来たんだから」
「うーんと、じゃあ何が出来るんですか?」
訊いても答えてくれるものなんだろうか…。というか、全然想像出来ないや。
超能力、と聞いて俺が真っ先に思い浮かべたのは大掛かりな仕掛けや演出を駆使して観客を驚かせるマジシャンだった。
人を瞬間移動させたり物を動かしたり、あとは何だろう…トランプの柄を言い当てたりとか?
発想が貧困だなと自分でも思う。けれど正面に座っている彼は至って真剣に答えてくれた。
「色々ですよ。ホントに色々。触らないで物を動かしたり、透視したり、あと…心を読んだりとか、ね」
「…すごいんですね」
「そうでもないです」
ふふっと声を漏らす音が聞こえた。それで不思議と、「あぁこのひとの言葉は嘘じゃないんだ」と思えてしまった。
おかしな話だ。超能力者だって?はっきり言って馬鹿げてる。
そんなの漫画やアニメや映画での話で、現実に有り得るはずがない。なのにどうしてか、この人は本当のことを言っている気がして。
申し訳ないが初めは、頭のおかしい人なんだと思った。本人に嘘を吐いているつもりはなくても、そういう妄想癖のある人なんじゃないかって。
そういった人も、ここには何度か来たことがあるから。本当に数回だけだけど。
それにしても超能力者かぁ。
触らずに物を動かしたり透視したり…心を読んだり。
最後の言葉はすごく声が低くなっていた気がするなぁ。
そうしてその言葉を聞いた直後の俺の率直な感想は、「絶対嫌だ」だった。
それは心を読まれることに対しての感想じゃない。彼の言葉が真実かどうかは定かではないけれど。
心を読んでしまうという能力を持つ苦労というかしんどさみたいなものを一気に想像してしまって、そんな能力を持つのは自分なら「絶対嫌だな」と思ったのだ。
だってそんなの、絶対しんどい。他の、物が動かせるとかの能力はまぁ便利そうではあるが…他人の心なんて知りたい時以外に知らなくてもいい。
この仕事をしているせいか尚更そう思ってしまう。
それをこの人はずっと背負ってきたのかな。誰にも話せず、独り抱え込んできたんだろうか。
あ、でもコントロールできたりするのかも。なら大丈夫か。
「あの」
「あ、はい!」
「気持ち悪いとか…思わないんですか」
「いや、そんなことは」
思わないけれど…。ただこの人の言う事が真実ならば、大変だろうなとは思う。
そして俺にそんなチカラが無くて良かったとも。
あまりにも醜くて自分勝手なこんな考えさえ読まれてしまうのならば、どうか彼の妄言であって欲しいと願った。
思うことは止められない。それを言葉にする前に形を変えたり嘘を織り交ぜたりすることは出来るけれど、音にする前に読まれてしまうのなら。
生まれたままの俺の醜悪な考えを見られてしまうのなら、今までの話はどうかこの人の強い妄想であって欲しいと願った。
そうだよ、超能力なんてある訳ないんだから…。
だからどうか、この人が辛い思いをすることがありませんように。
嘘であって欲しい。
相談者の話にこんなことを強く思うのはこれが初めてだった。
暫くの沈黙が広くもない部屋を覆う。
俺も目の前の彼も、何も言わなかった。ただ呼吸の音が聞こえてくるくらいに、静かな静かな時間が過ぎた。
やがて話せたことに満足したのか、嬉しそうな声色で彼が言う。
「あなたに聞いてもらえて良かった…。あの、また来てもいいですか?」
「ええ、いつでも」
「ありがとう。…本当にありがとう。ではまた」
椅子から立ち上がる音がする。そうして不思議なお客さんは地下室を後にしていった。
………。
それにしても本当に、珍しいお客さんだったなぁ。超能力ってなんだよ。そんなのある訳ないのに。
………ないよね?
もし、仮に、本当にそんな力があの人にあったとして。あの人が虚言癖のある人ではなかったとして。
彼の言葉が全て真実だったとしたら…。
「俺の顔も、見られてたことになるな…」
心を読めるって方に気を取られてたけど、透視って…。この衝立の意味無いじゃん。
まぁ、どうせ杞憂だろうけど。
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