砂浜の恋

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木漏れ日が綺麗に輝く春の日。 大きな窓のそばに置かれているピアノにめぐみが駆け寄る。 「お母さん、何これ?」 8歳のめぐみがピアノの上に立てかけてある額縁を指さした。 「あぁ、それは詩よ。」 めぐみの祖母、つまり私の母の紗和はライターをして生活をしていた。 早々に父が事故で亡くなったため、母子家庭となった。 お金が無い中一生懸命働いて私を育ててくれた。 母は、ライターの傍ら、趣味で詩を書いていた。 母が書いた詩だ。 「この前、死んじゃったおばぁちゃんの?」 「そうよ。」 私は優しく笑った。 つい1ヶ月前めぐみの祖母は亡くなった。 母の持ち物は多く無かった。 その中でも特に、母が気に入っていつも傍に置いていた物を捨てるのは忍びなくて、今日1番庭が見えて景色がいい場所に飾ったのだ。 「何て書いてあるの?読めない。」 難しそうに、眉をしかめながら、めぐみが詩を見上げる。 漢字が多いから難しいのだろう。 「お母さんが、読んであげる。」 額縁に、入った詩をめぐみにも伝わる様にゆっくり読み上げた。 めぐみの頭を優しく撫ぜながら。 『耳に響く波音、足にかかる水飛沫。 振り返れば足跡。 波打ち際に、並ぶ2組のあしあとは あなたと過ごした幸せな日々は きちんとあったのだと主張する。 だけど、まるで泡沫(うたかた) 波は無常にも足跡を攫って、 あなたの残り香を連れ去ってゆく 私は一緒には行けないのに、 少しずつ、少しずつ寄せては返すたびに 振り返れば砂浜 幸せを主張した足跡は、もう消えた。 波に攫われた、あしあとは何処にいった。 本物の足跡は消えてしまった。 ならば いつまでも私の心に残る あしあとは本物でしょうか。 私は、あなたの残り香を抱えて生きるしかないのですから。』 詩を聴き終えためぐみが言った。 「何だか、難しいね。」 まだめぐみには難しいだろう。 「そうだね。」 私は父の顔を知らない。 だけどこの詩を通して、少しだけ父の面影を知ることができた。 「でも、何だかあったかいね。」 めぐみが笑った。 まだ、母の砂浜での話ではめぐみには早いだろう。 でもいつか、めぐみの祖父と祖母の話を聞かせたいと思う。 私が母から聞いた様に。 私は優しく、小さなめぐみを抱きしめた。 腕の中でめぐみが嬉しそうに笑う。 きっとそうやって父も母も、私の心の中に生き続けるのだと。 春の木漏れ日が優しく私たちを照らした。
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